第四話 不穏な影

「オラさっさと作品出せや」

 千春が右手を差し出しながら俺に向かって言った。

 カツアゲかなにかかな?

 しかし、ここでいじっても仕方がないので、俺はプリントアウトしていた自分のラノベをおとなしく千春に渡した。

 しばらく黙読する千春。まだあきらめてないのか、あたりを見回するりちゃん。そして、若干恥ずかしくて情緒不安定になってきた俺。変な汗が、背中を伝う。

 そして、原稿から顔を上げた千春の第一声

はーー。


「変態」


「なんでだよ! 健全ラブコメだろうが!」

 千春は俺を完全に見下しながら、

「だいたいタイトルからしてキモいのよ! なに、『彼女にひとりじめされる僕』って! マジキモい! どっかのエロ本!?」

「ヤンデレは男の夢だろうが!」

 ここだけは譲れなかった。

「普段なに読んでんの、アンタ!?」

 千春は失礼にもキモかったセリフ等を列挙していく。

 一方でるりちゃんは、なぜか俺の原稿を熟読していた。若干ほおを朱に染めて読み耽るその様は、なぜか俺の胸にグッと来た。

「……天才ですね、夏樹様は」

 るりちゃんの中で、俺の地位がグレードアップしたらしかった。

「読むのやめろ、るり! 変態がうつるぞ!」

 失礼な。というか、その点で言えば、るりちゃんは手遅れだった。

 るりちゃんはキラキラした目で俺を見つめ、

「あの……、最終話だけがまだないようなのですが……。」

と聞いてきた。

「ああ、ラブコメだけど、ハッピーエンドにするか、バッドエンドにするか迷ってて」

「んなの、ラノベの賞に応募するんだからハッピーエンドに決まってんだろ」

 と千春。

「でも、バッドエンドもありだと思います!」

 と、るりちゃんがなぜか熱弁する。

「バッドエンドって、後味悪い感じになると思われがちですけど、同人ゲームの世界ではバッドエンドはよくありますし、名作も多いですよ! それはともかく、グラビア雑誌はどこに隠してるんですか?」

「もう自分で探せよ、るり」

 千春が投げやりに言った。断固として死守しないと……!

「あ、ゲームの時間だ」

 まるでおやつの時間のように千春は言って、ゲーム機(3台目)を取り出し、遊び始めた。コイツにはゲームがお菓子がわりなのかもしれない。少し細いし。

「それで、お宝本はどちらに……?」

「ないから! 俺、ラノベ派だから!」

 と、とっさに言ってしまう俺。

「え?」

「あ……」

 俺の言葉の意味を理解したのか、フリーズするるりちゃん。

 知らないよい子は、一生そのままでいてほしい。

「夏樹ー!! 来たぞー!!」

「……なんだ、真か」

 井上真。俺の腐れ縁である。

 だが、

「お兄ちゃん!?」

 と驚くるりちゃん。

「妹なのか!?」

 全然似てねえな!

「夏樹、なんでJKふたりも連れ込んでんだよ!?」

 と驚く真。

 千春は、ゲームに熱中していて無言だった。

 俺はまた、視線を感じた。

 しかし、その出どころを確かめる間もなく、

「夏樹、俺に黙ってナンパかあー?」

 と、真にヘッドロックされる。

 昔から、距離感がおかしいヤツなのである。

「あー、そっちには興味ないんだよなあ」

 と、意味不明なことを言う千春。

 るりちゃんに助けて欲しかったが、なにやら熱心にメモを取っていた。


  ○


 ひとしきり騒いだあと、全員、夕方になったことを理由に帰っていった。根はいいやつばかりだな……。

 俺はひさしぶりのバカ騒ぎに疲れて、ベッドに倒れてこんでいた。

「ふふ、にぎやかだったわねえ」

「ノックぐらいしてください……」

 おふくろに怒る元気もない。

「アンタの部屋に友達が来るの、ひさしぶりじゃない」

 よかったわね、と言い残して、おふくろは一階に降りていった。

 息子が女子高生をふたりも連れ込んだのに、どういう神経をしてるんだ? 不可抗力だが。

 ……でも、確かにこんなににぎやかな体験は、ひさしぶりだった。

「うん、俺以外に友達できて、よかったじゃねえか、夏樹」

「……真はなんでいるんだ?」

「スマホ忘れてたわ」

「出ていけ」

「じゃあな」

 真にまくらを投げつけながら、俺は今日たびたび感じた視線はなんだったのだろう、と疑問に思った。

 が、そのあと真が、るりちゃんのパジャマ姿の写真をスマホに送ってきたので、どうでもよくなって忘れた。



(続く)




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