第一話 ゲーマー少女、かく語りき
「『俺はまどろみから目を覚ました』……、違うな」
打った文章を消去する。
「『なんだか懐かしい夢を見た気がした』……、ありきたりだな」
また打った文章を消去する。
「夏樹ー! 朝ご飯冷めちゃうからさっさと食べなさいー!」
「うるさいな……。あとで食うよ!」
「片付かないのよ! 働いてないくせに、いつでも自由に食べられると思ってるの!?」
うあ。今のボディブローは効いた。
俺は出かけることにした。ニートの俺だが、外出に抵抗はないのである。引きこもりよりタチが悪いかもしれない。
外の天気は晴れやかで、風が爽やかだった。昨日は雨が降ったから、空気もおいしい。
俺は近くの喫茶店に入った。そこで、なんとも不似合いな存在と出会った。
女子高生。今風の言葉で言えば、JKである。
ただし、スマホをただいじっているような女子高生ではなかった。携帯ゲーム機で、ひたすらゲームをしていた。なにがどうなっているのか、ワイヤレスのヘッドホンをしていた。静かでいいことだが、あのゲーム機はワイヤレスのヘッドホンに対応していただろうか。
ゲームにはあまり詳しくないので、わからなかった。
○
変なやつ。それが、俺が女子高生につけた評価だった。
一時間たっても、誰とも合流することなく、ひたすらゲームをしているのである。むしろ、指の動きの激しさから、バトルはさっきよりも白熱しているらしかった。
疲れたのか、少女がゲーム機を置いたのは、二時間後だった。すっかり冷めているであろうコーヒーに口をつけ、ひと息ついていた。昔のゲームに、やめようとすると、『お疲れさまでした』と表示されるやつがあったことを思い出した。
ふと、少女がこちらを見た。俺も見つめ返す。途端に少女は、顔をしかめて、こっちにゲーム機を持ったままま向かってきた。
しまった。二時間も少女を眺めてたから、自分が非常識な行動をしていたことを忘れてしまっていた。
「なんですか?」
少女は、テーブルの上にゲーム機を置くと、俺に尋ねた。尋問に近かった。最近の若者、怖い。
「いや、すごく楽しそうに、ゲームしてるなあ、と……」
「だからって、人をジロジロ見ていいことにはなりませんよね? セクハラで訴えますよ」
勘弁してくれ。俺は、なんとかこのゲームオタクから逃げようとあわてて荷物をまとめーー。
カタン。
「あー!!」
少女が叫んだ。手元を見ると、俺のカフェラテが、少女のゲーム機にかかっていた。
「な、な、……」
「ご、ごめん、今すぐ……」
俺はハンカチを取り出してゲーム機を拭こうとしたが……。
「正座ー!! 今すぐ、正座しなさい!!」
少女が叫びながら命令してきたので、俺は仕方なく、喫茶店のタイルの床に正座した。……喫茶店の床の冷たさなんか、知りたくなかった。
「あなた、わかってます!? これ、高いんですよ!?」
……ええ。わかってます。あなたにとって、このオモチャがどんなに大事かも。
しかし、今の激怒している少女には、言い訳は通用しそうになかった。
「あなたには、わからないでしょうね! このゲーム機の中には、たくさんのソフトとか、セーブデータとか、思い出とか入ってるんですよ!?」
俺は思い出はあまり入ってなさそうだ、と思ったが、素直に頭を下げて、土下座した。
「……本当に……、申し訳ありませんでした……」
「そう。わかった」
「え?」
俺は少女の、あまりにあっさりとした返事に、思わず顔を上げた。そして目を疑う。
そこには、別の携帯ゲーム機(色違い)を起動する、ゲーマー少女の姿があった。
俺は、今日は厄日に違いない、と肩を落とした。
(続く)
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