外伝

外伝1-1.どうして叔母様は叔父上を?

 僕の叔母はとても綺麗な人だ。妖精姫と呼ばれていたと聞いた。優しくて、初対面で緊張する僕に、微笑みかけてくれたんだ。


 一目惚れだったと思う。父上の妹なら、結婚できないだろうか。そう思って母上に相談したけれど「無理ね」の一言で終わった。すでに夫がいるから?


 叔母様の夫である辺境伯閣下は、顔や体に大きな傷がある。英雄だと聞いたけれど、だったら強いはずだ。醜い傷が顔や首、上半身に広がってるなんて。本当に強いのか?


 もしかしたら叔母様を騙したのかも。そんな疑惑を胸に、皆でピクニックへ出かけた。僕の弟コンラードは、風邪を引いたので家に残っている。僕は叔母様の近くをキープした。


「あら、エドガー。お義姉様はあちらよ?」


「いいんです」


「そう。それなら、アストリッドと手を繋いでくれるかしら」


「はい」


 本当は叔母様と手を繋ぎたい。でもアストリッドも叔母様によく似た可愛い子だ。従姉妹で僕のひとつ下だった。手を差し伸べると、嫌そうに手を繋ぐ。失礼な奴だな。


 挙句にため息までつく。そんなに嫌なら断ればいいだろ。むっとしながら歩く僕は、ピクニックの目的地である湖で手を離した。ほぼ同じ年齢だ。あとは勝手にしろ、そんな気持ちだった。


「アストリッド、エドガー。湖に入らないでね」


 叔母様の声に「はい」と行儀の良い返答をする。だから覗くだけで、入る気なんてなかった。澄んだ水に顔が映り、底が見えないことに首を傾げた。直後、水辺の湿った土で足を滑らせる。


「うわっ!」


「きゃああ! お母様、お父様、妖精王様!!」


 近くで叫ぶアストリッドの声に「呼びすぎだろ」と指摘する間もなく、冷たい水に足を引っ張られる。手足も動かないし、息もできなかった。泳ぎは習ったはずだ。そう思うのに、まったく動けない。ずるずると水面が遠ざかって……。


「もうっ! ほんっとに手がかかるんだから」


 ざばっと勢いよく押し出された。誰かに引っ張られた感じだ。アストリッドが鼻に皺を寄せて、手を掴んでいた。美人顔が台無しだ。きょとんとしている間に、叔父上に救出される。


 叔母様にタオルで包まれ、呆れ顔の母上に飲み物をもらった。熱いお茶は火傷するからと、温めに淹れられたお茶に口をつける。かちかちと歯が鳴って、カップと音を立てた。無作法だが、さすがに指摘する者はいない。


「だから、入ってはダメよと言ったでしょう?」


 叔母様の苦笑いに叔父上が補足した。この湖は縦に開いた深い穴に、周辺の雪解け水が流れ込んでいる。だから徐々に深くなるのではなく、縁からいきなり深いそうだ。透き通った水は、内部で水草を育てる。足に絡まったら抜け出せない、水を滴らせた叔父上はそう締め括った。


 僕が落ちてすぐ、アストリッドが気づいて叫んだ。叔父上が僕を助けるために飛び込み、妖精姫であるアストリッドが手を伸ばした。妖精達が手助けしたので、助かったみたいだ。


「ごめんなさい」


 素直に謝罪が口をついた。叔父上は醜く引き攣った顔で、豪快に笑い肩を叩く。それから僕を許した。


「無事だったんだ、もういい。次は同じ失敗をするなよ」


「私の時と同じね、懐かしいわ」


 叔母様の発言の意味がわからず首を傾げた。ピクニックは続行されたが、濡れ鼠が二人なので早めに引き上げる。入浴した後、母上に叔母様の言葉の意味を尋ねた。


「ヴィーはお転婆でね、妖精王の力で少年のふりをして、ドラゴン退治に紛れ込んだの。そんな彼女の身代わりに傷を負ったのが、アレクシス殿よ。あなたも彼のような立派な大人になりなさい」


 その言葉に、ただただ驚いた。

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