62.じわじわと苦しんで欲しいです

 お母様はすぐに噂を流したそうです。メランデル男爵家は、我が娘が滞在するレードルンド辺境伯家へ盗みに入った、と。嫡男と次男が拘束されたこともしっかりばら撒きました。


 国王陛下にご報告したのはお父様です。こちらも大袈裟に吹聴しながら、多少の誤魔化しを入れました。というのも、そのまま伝えてもインパクトが薄いのだとか。


 政治的な手腕が気になるので、後で教えていただきましょう。後から駆けつけたお兄様も、事情を聞いて黒い笑みを浮かべておりましたので、とても楽しみですわ。


 ようやく立ち直って執務室から出てきたアレクシス様ですが、お帰りになるお兄様と鉢合わせしました。お父様によく似た言動の多いお兄様は、過剰なスキンシップで安全を確かめ、満足そうに帰路に就きます。


 問題は抱きつかれたアレクシス様でした。完全に撃沈してしまい、許容量を超えたようです。アントンが再び執務室へ隔離してしまいました。うちの家族は貴族の中では触れ合いの多い方ですが、本当に免疫がないのですね。


 今後のために、私がたくさん免疫をつけて差し上げます。にこにことそう口にしたら、エレンが堪えきれずに吹き出しました。失礼ですが、エレンなので許します。


「処分はどうなるのかしら。私、首を切るくらいでは満足できないわ」


 処刑方法ではなく、いかに長く苦しめるかを考えます。だって、アレクシス様はずっと苦しんでこられたわ。今でこそ元家族に期待はしていないでしょう。ですが、幼い頃は愛情を求めたのではありませんか?


 抱き締めて欲しい。怖い夢を見たら落ち着くまで一緒にいたい。そんな願いを跳ね除けられて、がっかりするお姿が浮かびました。傷つけられた心を抱いて立ち上がったアレクシス様。功績を上げたらすり寄る元家族。どれほど悲しまれたでしょう。


「どのようにすり減らすのが良いでしょうか」


 頬に手を当てて、悩ましげに溜め息をついた私は、思わず心の声が表に出ておりました。


「すり減らす、ですか?」


 エレンの表情が引き攣っていますね。何かおかしなことを言ったでしょうか。心当たりはないので、小首を傾げました。


「そうです、アレクシス様を傷つけた愚か者の処分方法です。処刑で終わりなんて、生ぬるいでしょう? 長く苦しんで、悲しんで、最後に懇願する首をこう……くしゃっと潰す感じ。いえ、言葉通り擦りおろしてもいいですわね」


「すり減らすだったと思うのですが」


「どちらも大差ないわ」


 エレンのツッコミは無視します。じわじわと苦しめて、最後まで後悔して欲しい。そう願うことは贅沢なのかもしれませんが、私が願えば叶います。叶えてくださる権力者がおりますもの。


「国王陛下か王妃殿下にお知恵をお借りしましょう!」


「……若奥様、旦那様がお呼びです」


 絶妙なタイミングで、執事のアントンに呼ばれました。アレクシス様が? すぐに参ります。いそいそと立ち上がった私は、スカートの裾をすこし上げて足早に執務室へ向かいました。

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