61.君も無事でよかった

 レードルンド辺境伯家に賊が押し入ったらしい。そんな噂が湧いて出て、お昼過ぎには王妃殿下のお耳に入ったそうです。安否を心配するお手紙を頂きました。


 王宮の使者は返事を手に、大急ぎで帰って行きます。どうやらお父様やお母様が動いてくださったみたい。


 実は今朝、お父様にお願いをしました。お母様と一緒に駆けつけたお父様は、私の無事にほっとしたお顔です。本当にありがたいですわ。アレクシス様も迎えに出たのですが、しっかり腕を掴んで肩まで叩いて確認しました。背中や足にも傷がないか確かめる念の入れようです。


「君も無事でよかった」


 その言葉に驚いたアレクシス様が固まって動かなくなり、アントンに手を引かれて執務室の方へ向かわれました。お母様が仰るには、あの家族では心配などされたことがないのではないか、と。お父様にしたら、私が嫁ぐお方は息子も同然。お兄様と同じように振る舞われただけです。


 アレクシス様は復活まで時間が掛かりそうなので、私が簡単にご説明しました。不法侵入者を発見し、捕らえたら元のご家族だったこと。反省するどころか、盗みに入ったことを自ら言い放つ始末。挙句に、大切なアレクシス様を傷つける発言がありました。


 一気にすべて吐き出し、喉が渇いたところへエレンがお茶を差し出してくれます。気が利きますね。有り難く飲み干しました。淑女らしからぬ振る舞いですが、ここは見逃していただきましょう。


 出されたお茶を一口飲んで、お母様は長い息を吐き出しました。この所作はあれです。本気で怒っておられる時の……私などは懇々と半日近くお小言をもらった経験がありますわ。びくりとしてしまいました。


「よぉく理解しました。特筆する才能もない一男爵家程度が、我がエールヴァール公爵家の愛娘の婚約者たる、レードルンド辺境伯閣下に無礼を働いた? アレクシス殿はよく我慢をなさいました」


「報復は我らがきっちりと。もちろん軽い処罰で済ませる気はない。よくぞ連絡した、ヴィー。お前の父母は、娘の夫を馬鹿にされて黙っているボンクラではないぞ」


 お母様も怖いですが、お父様も気合が入ったようです。火を焚べた薪がよい具合に燃え始めましたわ。このまま派手に延焼しそうです。


「元実家だからと調子に乗り過ぎているようだ。貴族の養子縁組は、平民とは違う。それを他家の財産をせしめようと、弟だった者を脅すなど……愚の骨頂。ましてやアレクシス殿は格上の辺境伯家だぞ」


 成り上がれる上限は、侯爵まで。これは公爵家が王族の血を引く側近で、緊急時に王家の血を絶やさず守る役割を持つためです。侯爵の下は伯爵ですが、辺境伯は離れた国境付近に領地を構える国の防衛の要でした。そのため王族の許可なく動かせる兵力や財力の上限が、侯爵と同格になります。


 信頼できない者を辺境伯に命じるわけがなく、国王の重鎮と考えるのが一般的でした。その辺境伯家に、ただの男爵家が不敬を働き、盗みに入った。不法侵入の罪も重なりますので、よくて極刑ですね。今後の憂いがないよう、遠慮なく処分いたしましょう。


 お父様とお母様、そして私はにやりと悪い笑みを浮かべました。見た目が可憐な妖精姫であっても、中身は相応の教育を受けた公爵令嬢ですのよ。純真無垢だなんて幻想ですわ。

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