60.裏切りに傷ついておられないかと

 夜になったら妖精王様に頼もうかしら。でも人の厄介ごとは人が解決するべきですね。国王陛下は外交問題で、今はお忙しいでしょう。ならば、お父様か王妃殿下……少し悩んで、お父様をお呼びすることにしました。


 さらりと事情を書いて、アントンに届けるようお願いします。明日の早朝には届くので、対応してもらえますね。


「今日はお手柄だったな、ヴィー」


 微笑んでくしゃりと髪を乱すアレクシス様に、私も笑顔で頷きました。最近気づいたのですが、アレクシス様は私の頭を撫でるのがお好きなようです。そのためここ数日、髪を結っておりませんの。いつでも好きなだけ撫でていただくためです。


 既婚者になれば外出時は結って出かけますが、未婚ならばそこまで厳しくありません。何より、旦那様のお好みに合わせるのは、妻として当然です。あらいやだわ、照れてしまいますね。


 赤くなった頬を両手で押さえ、アレクシス様と一緒に食堂の席につきました。運ばれてくる前菜が終わったところで、私から切り出します。


「アレクシス様、その……気を落とされませんように」


「何の話だ?」


 きょとんとしたお顔は、本当に気にしていないようですね。一応尋ねられたことにお答えしました。


「ご家族の裏切りに傷ついておられないかと心配しましたの」


「ああ。そうか、ヴィーは家族と仲がいいからそう考えるのだな」


 運ばれてきたメインはお魚、今日は白身魚に野菜をたっぷり乗せて蒸したお料理でした。添えられた酸味のあるソースを掛けて頂きます。


 丸ごと一匹の大皿でしたので、アレクシス様が切り分けてくださいました。料理が差し出され、ソースを掛けます。同じように準備を終えたアレクシス様が、ここでようやく口を開きました。


「俺は家族と食事をした記憶がない。幼い頃は一緒だったかも知れないが……いつも 自分の部屋で食べていた。だからマナーが心許なくてな。辺境伯家を継ぐと決まってから、必死で覚えたんだ」


「ええ、見事な切り分けです。国王陛下の前でも出来ますわ」


 からりと明るく笑うアレクシス様に合わせ、私も冗談混じりに返します。気やすさに安心したようで、ぽつぽつと過去のお話を聞かせてくれました。


 長男は跡取り、次男は予備、だから二人は教育を受けられる。三男は使い道がないと放置された。腕っぷしを鍛えれば騎士や衛兵になれるだろう、と。しかし、剣技を教える師もいない。


「自分で鍛えたんだが、自己流だ。騎士にはなれん」


 騎士は太刀筋が綺麗で、模範演技のような戦い方をします。もちろん強いと思うのですが、傭兵や衛兵に比べたら実戦経験が乏しいのも事実でした。命の危険がない模擬戦しか経験していない騎士は、実戦で竦んでしまうでしょうね。あの日の私のように。


 茶化してそう伝えると、彼は思い出したようで飲み物を吹き出しました。ナプキンで拭く私に、咳き込みながら彼は首を横に振る仕草をして。


「食事中にロブの話は禁止だ」


 どうやら、少年姿の私を思い出すと笑ってしまわれるようで、確かに食事中は危険ですね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る