58.淑女の武器のひとつを披露します

 アントンの手配した業者と打ち合わせを済ませ、午後はのんびりとお庭で過ごすと決めました。やや傾いた日差しが強いので、木陰を選んで座ります。エレン以外の侍女も呼んで、休憩時間を取るのです。


 侍女は、労働時間が長いお仕事でした。洗濯や接客など肩書きがあるメイドはいいのですが、朝は食事の準備から掃除の手配、業者の搬入への対応など忙しいです。お昼は少し手が空きますが、当主や子女の帰宅に合わせ、夕方からまた忙しさが増すものです。


 私が眠ってもまだ繕い物を片付けたり、洗い物をする侍女もいるのだとか。侍従達も同様で、夜の見回りは騎士様と同行するそうです。昼間のお仕事があるので、同僚と交代しながらと聞きました。


「人を増やしたらどうかしら」


 提案したところ、アントンに首を横に振られてしまいました。辺境伯家は侯爵家と同数の使用人を雇うことが可能です。けれど他の貴族家と違い、辺境は常に危険に晒されていました。


 痩せた土地ばかりですし、生産性がないのに戦う準備は必要。考えてみたら、とても不公平なことですわ。ここは私が抗議しておきましょう。レードルンドの先代に跡取りがいなかったのも、若い頃に起きた近隣国との戦いで、夫婦の時間が取れなかったのが原因だそうです。


 家が断絶しないようお子を残すのが、妻の役目ですのに。きっと先代の奥様は心残りだったでしょうね。同じ状況になれば、私は戦場まで子作りに向かいますわ。


「若奥様は変わっておられます」


 侍女の一人が、ふふっと笑ってそう呟きました。すると他の侍女達も「そう思う」と賛同するのです。理由を尋ねたら、お昼寝の時間を設けるなんて驚いたと。


 侍従達も交互に休憩時間を用意させました。忙しくないお昼から夕方までは、無理に働く必要はありません。お掃除やお片付けも、涼しい早朝に終わらせてくれるんですもの。


「皆さんはお休みになって。私は刺繍を楽しみます」


 一人で楽しめる趣味を理由に、侍女達へ昼寝を勧めた。クッションや毛布を持って集まった彼女達は、遠慮なく横たわる。当初は遠慮していたけれど、私が譲らないから合わせてくれるみたい。


 刺繍の糸を絹に刺していきました。針の扱いは慣れています。淑女の嗜みですから、刺繍は人並みにこなせます。夢中になってハンカチにドラゴンの刺繍を施し、疲れて手を止めました。顔を上げたところで、不自然な人影に気づいて。


「あの人、お屋敷の人じゃないわね」


 見つめる私に気づいたのか、慌てて屋敷の外へ逃げようとしています。ここはアレです、淑女お得意の方法で撃退しましょう。


「きゃああああああぁぁ!!」


 大きく息を吸って全力で吐き出しました。そのついでに悲鳴を付け足します。甲高い悲鳴は、遠くまでよく届きますから。駆けつけた騎士や侍従がすぐに取り押さえ、侍女達が飛び起きて私を隠します。


「若奥様、今の悲鳴は……」


「あの侵入者に驚きましたの」


 捕まった方は、やはりお屋敷の使用人でも客人でもなかったようです。貴族令嬢の記憶力も捨てた物ではありませんね。アレクシス様が怖い顔で尋問に向かったと聞き、私はお役に立てたと胸を撫で下ろしました。

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