57.英雄を降参させました

 王妃殿下主導で結婚式が早まるお話をしなくては。実家に帰ろうと思ったのですが、アレクシス様が心配して止めました。どうやらまた誘拐されるのではないか? と考えておられるご様子。この時期なので可能性がないとは言えません。結婚直前に攫って、既成事実を作ろうとする殿方に数人心当たりがありました。


 お忙しいアレクシス様の予定に合わせると遅くなりますね。こうなったら王宮の騎士団でも借りる必要があるでしょうか。そんな冗談を口にしたら、なぜか青褪めてしまわれました。国王陛下はこの程度のことで怒ったりなさらないのに。


「義兄殿の結婚式では遅いか?」


「出来たら一日も早く打ち合わせをしたいのです。王妃殿下が手配なさったなら、きっと数週間で縫い上がりますわ。その場合、会場やお祝いの花の手配が間に合わないと……その」


 恥をかくのは実家ではなく、迎える側のレードルンド辺境伯家になります。我が家であれば笑い飛ばせるでしょうが、さすがに婚家に迷惑をかけるのは気が引けました。


「仕方ない。俺が同行するから、明後日の午後に行くと先触れを出してくれ」


 屋敷の私室なので、一人称が「私」から「俺」に砕けています。こういう些細な違いが、婚約者への特別みたいで嬉しいです。


「承知いたしました。よろしくお願いします」


 忙しい予定をこじ開けてくださったのですね。実は予定表は執事アントン経由で確認しています。本当にびっちり予定が入っていて、どこでおトイレに行くのか心配になるほど。午後を開けていただくなら、書類の整理はお手伝いしますわ。お父様のお手伝いをしたことがあるので、お役に立てると思います。


 外出中に届いた書類やお手紙を開封しながら、見慣れたシベリウス侯爵家の封蝋に気づきました。五日後に来て下さるそうです。予定をアレクシス様にお伝えし、来訪していただくなら問題ないと許可を頂きました。お返事をしたため、すぐに送り返します。


 昨日のお話の続きと書かれていました。折角なので初夜に着るナイトドレスの相談もしましょう。急がないと間に合わなくなりますもの。用意はしているのですが、白と赤、黒のどれにしようか迷っています。きっとアドバイスがもらえますね。


 お兄様とミランダ様の結婚式に着用するドレスも確認しました。明るい空色に深い青の刺繍を散らしています。今回は蝶をモチーフにしました。そこへ同じ刺繍を施したショールを羽織ります。


 胸元を大胆に開けたので、首に絡み付くような首飾りを合わせ、髪を結わないので耳飾りは小さく。指輪は手袋で見えなくなるので省略しました。


「やはり胸元が開きすぎではないか?」


「こうしてお飾りで隠れますのよ」


 レース編みのように複雑な鎖と、大粒のブルートパーズの首飾りを当てると、アレクシス様の眉間の皺が緩みました。


「ショールは手放すなよ」


「ええ。私からもひとつ。ずっと隣で手を繋いでいてくださいね」


「……善処する」


 あら、ご自分は約束せず逃げるおつもり? 頬を膨らませて睨んだら、すぐに笑って「分かった、降参だ」と両手を上げました。私、ドラゴン退治の英雄を降参させてしまいましたわ。

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