54.覚悟を決めるのよ――侯爵夫人

 可愛い子で、素直で、優しくて。あまりに純粋だから心配になったの。この子が大きくなって、ろくでもない男に食い散らかされる姿なんて見たくなかった。だからいろいろ忠告したけれど。


 まさか武勇伝のつもりの夜這いの話を、真剣に受け止めていたなんて。しかも実行したですって?! それでも襲わなかったレードルンド辺境伯に興味が湧いた。


 妖精姫の名の通り、儚く美しい印象の彼女が「好きです」と薄着で抱きつく。そんな状況で、我慢できる男なんているの? 信じられないわ。彼女が騙されていて、本当は純潔を散らされたんじゃない? そう考える方が順当なのに。


 騎士団での評判も、ドラゴン退治で一緒だった我がシベリウス侯爵領の騎士や兵士も、彼の悪い噂や評判は口にしなかった。高嶺の花である妖精姫を娶ったことも、素直に喜んでいる。


 あいつはいい奴だから。強いし、姫を守るのに向いてるよ。そんな言葉を集めながら、首を傾げる。人ってどうしても嫉妬や邪な感情を抱く生き物よ。なのに、直接彼を知る人は、誰もがレードルンド辺境伯を褒めた。変な魔法でも使ってるのかしら。


 妖精姫ロヴィーサの母親であるイーリスは私の親友。学生時代からの付き合いで、王家の血を引くエールヴァール公爵家に嫁いだ。親友の生んだ子は我が子も同然、そう考えて社交界でも守ってきたわ。


 婚約者がロヴィーサに惚れたから。あんなに綺麗だなんて不公平だわ。令嬢達のそんな不満を逸らし、ロヴィーサに近づけなかった。その弊害がこんな形で浮上するなんて。


 同年代の令嬢達と交流がないロヴィーサに、さまざまな恋物語を聞かせたけれど。彼女はぼかした部分をそのまま受け入れた。純粋で真っ直ぐなのは利点であると同時に、大きな欠点よ。まさか知らないことに気づかず大人になる状況は、想像しなかったわ。


 無邪気な彼女には悪いけれど、現実を知ってもらうしかない。イーリスが必死で話したけれど、春画は持ってきていないし……言葉と身振り手振りの説明しかできなかった。


 殿方のアレを受け入れる意味、分かったのかしら。目を輝かせるロヴィーサは変わらず愛らしくて、今度こそ幸せになりなさいと応援したくなる。私も息子だけじゃなく、娘も生んでいたらよかったのに。




 数日後、親友イーリスから聞いた話に愕然とし、肩を落とすことになる。だって、あの子ったら……まったく理解できていなかったのよ? 夫になるレードルンド辺境伯の手を掴んで、指を舐めたとか。そこで我慢強い辺境伯閣下が尋ねた結果、イーリスがややぼかした部分を都合よく解釈していたことが判明したの。


 もう専門家を手配するしかないわ。王妃殿下経由で、王太子殿下の閨教育を担当した子爵夫人をお願いしましょう。


 いえ、いっそ赤裸々に私が語ろうかしら。その方がいいかも知れないわ。ロヴィーサは良くも悪くも注目されているから、子爵夫人が出入りすると噂になる。


 覚悟を決めるのよ、カミラ。ロヴィーサを一人前の女性にするため、全部語るわ。そう全部……ひとまず、春画を集めなくてはいけないわね。

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