30.我が姫だなんて照れますわ
この立ち姿、剣の構え、すべて愛しいアレクシス様を示していました。絶対にご本人に決まっています。逆光でお顔は見えませんが、確信して名を口にしました。
「我が姫に狼藉を働き、楽に死ねると思うなよ」
我が姫って私ですよね。照れてしまいます。後半も決まり文句のようでカッコいいですわ。
「ひっ! 貴様、なぜ」
ここに?! とか、ありきたりの悪党が吐くセリフは最後まで言えませんでした。アレクシス様が振りかぶった剣が、男を叩きのめし……鈍い音を立てます。じっと目を見開いてその勇姿を心に焼き付けました。
私のために、アレクシス様が戦っているのです。それも救出しに来て下さった。惚れた殿方が自分を助ける姿に、ときめかない乙女がいるでしょうか。振り抜いた剣はよく見れば、鞘を払っておりませんね。
「アレクシス様……」
「何ということだ、同行すれば良かったな」
「いいえ。助けてくださり、ありがとうございます」
近付いたアレクシス様がぴたりと止まり、顔が青ざめていきます。どうしましょう、何か踏んでしまったとか? 突然お腹でも痛くなったのでしょうか。
膝をついたアレクシス様は、手にした剣を脇に置きました。その手が伸びて、私の頬に触れます。ぴりっと痛みが走り、傷になっているのだと知りました。猿轡を外そうとした際、壁に擦ったせいでしょう。
「妖精姫の顔に傷が……」
「ご安心くださいませ、この程度の擦り傷は日常ですわ。妖精の加護もありますので、すぐ消えます」
消えなければ、アレクシス様とお揃いなので、それも悪くありません。女性が傷物になれば嫁に行けないと言いますが、私の場合はすでに嫁ぎ先が決まっておりますので。大きな問題ではございませんね。
「あっ!」
アレクシス様の後ろから誰かが忍び寄る姿に声を上げ、同時に剣を掴んだアレクシス様が振り向きざまに鞘を払いました。抜かれた銀の剣先は、従者らしき男性の首を僅かに切って止まります。この方、私を拐った男の従者ですわ。
「ヴィー、知っているか?」
「はい、私を拐った一味の男です。従者のようでした」
「ならば首を落とすか」
さらりと告げた途端、従者は一歩下がって座り込みました。腰が抜けたのでしょう。逃げることも出来ず、必死で詫びます。両手で頭を抱えての命乞いに、アレクシス様はにやりと笑いました。
悪いお顔をなさると傷が目立つのですね。より悪者感が高まります。でも野生的でとても素敵ですわ。うっとり両手を組んで見つめる……あ、まだ手足を拘束されたままでした。
「解いてくださいませんか」
「ああ、すまん」
涙や鼻水、それ以外にも下肢をびしょ濡れにして泣き喚く従者は、後ろから駆けつけた騎士様に捕まりました。階級章がたくさん付いているので、きっと貴族出身の騎士様なのでしょうね。乱暴に従者を引き摺りながらも、丁寧に一礼してくれました。
ついでに、気を失った主犯も拘束されます。あの手の感触を思い出し、身震いしました。
「傷つけぬゆえ、無作法を許せ」
腰の短剣を使い、さっと手足の綱を切るアレクシス様。やや痺れた腕を目一杯広げ、私は抱きつきました。からんと短剣の落ちる金属音がして、大きな溜め息が聞こえます。
「怖かっただろう、遅くなって悪かった。だが……次からは刃物を置くまで待ってくれ」
こくんと頷く。けれど、もう一度同じ目に遭ったら、また抱き付く気がします。短剣はすぐ離す準備をなさって下さいね。
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