31.盗み聞きは悪い子のすることだ

 抱き上げていただき、そのまま運ばれます。歩けると主張したところ、気を失っていなさいと嗜められてしましました。こういった救出劇で、お姫様が抱っこされているのは気を失うからなのですね。勉強になりました。


 目を閉じていると、人の物音や気配に敏感になります。誰かが駆け寄り、ひそひそと報告する内容も耳に届きました。


「国王陛下が褒美を取らすと仰せです」


「後日にしてくれ。今日明日はヴィーと過ごしたい」


「承知しました」


 ぐっと拳を握ってしまいました。私と過ごしてくださるのですね。拐われ心の傷ついた婚約者を癒すアレクシス様、絵本の題材になりそうですわ。美男子で頬に斜め傷を入れた絵はどうかしら。


「ヴィーは無事か!」


「義兄殿、この度はご心労をお掛けし申し訳ありません。縛られた手足や頬に擦り傷がありますが、それ以外はご無事です」


「ありがとう、助かった。僕や父は間に合わなかったから……ああ、また顔に傷をつけて」


「また?」


「ああ、何度も傷を付けて。女の子なのに困ったものだ」


 お兄様の呆れ顔が浮かびますが、お説教回避のために寝たフリを続けました。そっと馬車に寝かされ、侍女のエレンが毛布を掛けようとして、動きが止まります。


「お嬢様、起きていらっしゃるのですね」


「なぜバレるのかしら」


 いつもバレてしまいます。本を読みたくて寝たフリをした夜も、彼女は見抜いて本を取り上げました。不思議ですわ。


「……だが……隣国」


 ぼそぼそと外の声が聞こえ、私は口元に指を当てて、静かにとジェスチャーしました。エレンと一緒に馬車の扉に顔を寄せます。


「隣国は王太子も諦めたのに、よく自分が選ばれると勘違いできたものだ。ただの公爵家次男だろう。国王陛下は厳重に抗議し、あの男を処罰するつもりだ」


「外交問題になりませんか?」


「問題ない……それより、アレクシス殿も敬語なしで話してくれ。僕はその方がいい」


「はい、では……処罰に関してはお任せする。私はしばらくヴィーに付き添うつもりです」


「悪いが頼む。その方が安心できる」


 挨拶もなしにお兄様の声が途切れ、いきなり扉が開きました。転がり出そうになり、慌てて踏ん張りますが……。堪えられない私を尻目に、エレンは涼しい顔で姿勢を正します。


 傾いた体を逞しい腕が支えてくださいました。落ちずに済んでほっとしています。絶対に手をつく前に顔から落ちたと思うので。


「盗み聞きは悪い子のすることだ」


「もう! 子どもではありませんのよ」


 完全に子ども扱いされ、むっと頬を膨らませました。その頬をぷすっと押し戻し、アレクシス様は笑います。


「元気そうで安心した」


「……逆に僕は心配になったよ。父上や母上に言いつけられたくなければ、三日は大人しくしててくれ。ドレスはこちらで手配する」


 お兄様に叱られてしまいました。ドレスの打ち合わせは二日後に決まり、お兄様が公爵家御用達のお店を呼んでくださる手筈です。私も凝りましたので、しばらくはお屋敷でアレクシス様と仲良く過ごしますわ。


 誘拐されたことで噂が出るでしょう。それを打ち消すのは、シベリウス侯爵夫人やお母様にお任せします。


「アレクシス様、私を離さないでくださいね」


「もちろんだ」


 どうしましょう。アレクシス様がいつもよりお優しくて、嬉しさに頬が緩んでお見せできない表情に。両手で包み、赤い顔を隠しました。

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