25.若奥様と呼んで頂戴ね

 両親の元へ顔を出す予定でしたが、なぜかこちらへ向かうと連絡が入りました。アントンが連絡したそうです。理由はよく分からないのですが「若奥様のお体を心配してのこと」だと。若奥様だなんて、まだ早いですわ。


 照れながら、午前中で身支度を整えました。お仕事を休んだお父様やお兄様に、王妃殿下とのお茶会を欠席するお母様が同行なさるとか。一般的には王妃殿下とのお茶会が優先のような気がします。


 もしかしたら王命での婚約なので、私の様子見を優先したのかもしれませんね。王妃殿下にご報告するなら、私が無事に受け入れられた姿を先に見ていただいた方が、話がスムーズです。納得してドレスに着替えました。


 貴族の食事は基本的に二回、お茶が三回あります。朝食の後、一時間ほどしたらお茶を飲みます。その後、お昼を過ぎて午後に入ったところで軽食つきのお茶を。夕食をいただいて、寝る前にお茶をいただきます。最後の夜のお茶は、殿方によってはお酒を嗜まれるようですね。


 アレクシス様は軍人なので、お酒は滅多に口にしないと伺いました。お酒を飲んで暴れる殿方の話を聞いたことがあるので、心配しておりましたが大丈夫でしたね。


「エールヴァール家のお嬢様、ご実家の皆様がお見えです」


「アントン、その呼び方は相応しくないと思うの。ロヴィーサとお呼びなさい」


 エレンは公爵家の侍女なので、お嬢様でも構わないわ。でもアントンは辺境伯家の執事です。彼の仕える家のお嬢様ではないし、家の名を持ち出すのも嫌な感じでした。私はアレクシス様の妻になるのですから……。


 ぽんと手を叩いて、にっこり笑顔を浮かべました。


「そうだわ、若奥様でいいじゃない」


 お母様達にはそう連絡したのでしょう? エレンに聞いた話を持ち出すと、あたふたした後でアントンは冷や汗をハンカチで拭った。


「大変失礼しました。では若奥様とお呼びいたします」


「そうして頂戴ね」


 若奥様――いい響きだわ。そうね、子どもが出来るまではその呼び名にしましょう。共にベッドで一夜を過ごした私達には、程よい頃に神様の鳥が赤子を運んでくれるはず。どうやってお腹に宿るのか分かりませんが、ある日突然気づくのだとか。


 無理に赤ちゃんをお腹に入れる影響で、食べ物の匂いに拒絶反応を起こす人や吐いてしまう人もおられると聞いたわ。それはそうよね、突然お腹に赤ちゃんが入ってしまうんだもの。


「お嬢様、動かないでください」


 エレンに注意され、鏡を見つめて動きを止めました。着替えが終わりましたので、お飾りの宝飾品を着けて化粧も佳境です。目元をほんのりと赤く染める化粧は、ここ最近流行っていました。血色が良く見えるそうで、私は全体に色が淡いので必須です。


 丁寧にブラシでなぞるエレンの手が触れ、鏡の中で変わっていく私が華やかさを増しました。やはりお化粧すると気合いが入ります。


「エールヴァール公爵家の皆様がお見えです」


 この呼びかけに、手の空いている侍女達は大急ぎで玄関へ向かいました。お出迎えですね。私も急がなくては……化粧を終えたエレンの手を借りて立ち上がり、階段の上でアレクシス様と鉢合わせしました。


「お手を」


「はい」


 アレクシス様の差し出した手に、そっと右手を重ねてエスコートを受ける。螺旋状の階段を降りたところで、玄関の扉が開きました。


 お父様とお母様は腕を絡め、後ろでお兄様が、婚約者のカルネウス侯爵令嬢をエスコートしています。数日振りなのに、とても懐かしい気がしました。

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