26.夜這いも同衾も淑女は使わないようです
「ようこそ、お待ちしておりました」
アレクシス様の声で我に返り、私はカーテシーを披露します。上位の方々に求婚されるようになり、王妃殿下にご指導を受けたので、かなり得意なのですよ。優雅に見えるよう、少しだけ指先に気を張って。
「お待ちしてましたわ、お父様、お母様。お兄様とミランダ様も」
お父様が代表で挨拶を受けておられます。難しい言葉や言い回しを多用していますが、要は婚約を受けてくれてありがとう、に尽きますね。私は勉強した女主人の心得を頭の中で確認しました。
上位のお客様の場合、家令または執事に客間へ案内させる。または女主人である私が行っても良い、でしたわね。今回はまだ婚約者なので、執事アントンにお願いしましょう。
「アントン、客間へ皆様をご案内して頂戴」
「承知いたしました、若奥様」
あらぁ……そんな声が漏れたのはお母様でした。カルネウス侯爵令嬢のミランダ様も友人で、幼馴染のような存在です。お二人で顔を見合わせ、頬を赤らめました。
「若奥様ということは……すでに?」
「嫌ですわ、お義母様。はっきり言っては失礼です」
ひそひそと二人で話す内容に、私はにっこりと笑顔を添えました。私が若奥様と呼ばれる地位を確立し、使用人に認められたことを喜んでくださってるのね。
お兄様は涙ぐんでおられるし、なぜかお父様は崩れ落ちそうです。慌てたお兄様が支えながら、アントンの案内で客間に移動しました。
家格が高く由緒ある一族は、受け継がれる家具があります。屋敷一つほどの高額な応接セットを何度も修復したり、布を張り替えてイメージを変えたり。大切に使用してきました。
このレードルンド辺境伯家も同じで、立派な応接セットが自慢ですの。覚えた屋敷の知識を披露しながら、私は家族を招き入れました。磨かれた黒檀に乳白色の柔らかな革を張ったソファは、お母様達も褒めてくださいます。私も初めて見た時は感動しましたもの。
「すべて先代の遺産です。受け継ぐ私にとって、不相応なほど立派で……御息女のことも」
「いいえ、嫁として認めていただけただけでもう……ヴィーはお転婆なところもありますが、気立ては良い子です。幸せになってください」
幸せにするのは私、その点はお母様も相違ないようですわ。お父様もお母様に続きました。
「あなたに嫁げないなら死ぬとまで思い詰めた。なるほど、我が娘ながら見る目は確かですな」
釣り合う殿方を見つけたと笑うお父様ですが、目の端に涙でしょうか。お兄様はちらちらと私に目配せを寄越します。
「ヴィー、大丈夫か? 突然戻ってきたいと言っても、帰る場所はないぞ」
すでに何度も言われておりましたけれど、小姑はお断りだそうです。
「平気ですわ、もう夜ば……っ」
夜這いも成功したと言いかけた私の口を、アレクシス様が塞ぎました。夜這いは淑女の言葉ではないのでしたね。こくんと頷き、離していただきます。
「昨夜、寝室でどうき……っ」
また塞がれてしまいました。同衾も禁止ですのね? では、どう答えたら。
「すでに寝室を共に?」
ごくりと唾を飲んだミランダ様が、緊張した面持ちで尋ねてくださいました。そう尋ねたらいいのですね。勉強になりますわ。
口を塞がれたまま、小さく何度も頷きました。
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