24.誤解で五回も……/////

 目が覚めて、いつもの枕と違うことに気づきました。やや硬くて、でも温かいです。頬擦りしながら横を向くと、アレクシス様のお顔がありました。


 目を閉じたお顔は、普段より幼く見えますね。あ、髪型も違います。頬の傷を隠すように伸ばした髪が、さらりと背中の方へ流れていました。指先でそっと触れると、想像と違いました。もっと硬い髪質を想像していましたが……。


 伸びた髭に触れたら、起こしてしまうでしょうか。迷った末に、指先で突きました。髭は硬いんですね。


 ふっと笑う気配がして、アレクシス様が目を開きました。澄んだ空色の瞳とくすんだ銀色の髪。どちらもアレクシス様にぴったりですね。優しいのに突き放す冷たさも持つ。戦いに生きる殿方に似合いの色に思えました。


「おはようございます、アレクシス様」


「おはよう、ヴィー。よく眠れたか?」


「はいっ!」


 私の名前を愛称で呼んでくださった。やはり一夜を共にすると、愛情が深まるのですね。王妃殿下の仰られた通りでした。


 夜這い用に薄い化粧を施してもらいましたが、朝になって崩れていないでしょうか。ふと不安になり、手で顔を確認します。鏡がないとわかりませんね。


 アレクシス様は乱れた髪もワイルドで、とても魅力的ですけれど。私の髪が乱れてもボサボサになるだけですね。


「おはようございます、旦那様。お目覚めでしょうか」


「ああ、入ってくれ」


 アントンの声の後、私は慌てて身を起こそうとしました。アレクシス様は婚約者なので構いませんが、アントンは執事です。使用人であっても、未来の女主人として身嗜みを整えて接しないと! 侍女相手ではないのですから。


 焦って起き上がった私は、ぐらりとバランスを崩しました。身を起こしたアレクシス様が支えてくれます。顔から転ばずに済みました。


「っ、ありがとうございます」


 恥ずかしいわ。自分の裾を自分の手で押さえてしまって、転びかけるなんて。ほんのり赤くなるのを自覚した私に、何かが落ちる音が聞こえました。


 振り返れば、目を見開き喜びの表情を浮かべたアントンが、顔を洗う水を落としたようでした。金属製の容器が音を立てて転がり、絨毯へ水が吸い込まれていきます。


「なんと……っ! すでに一夜を共に……おめでとうございます」


 涙目のアントンに祝福され、つい口が滑りました。


「ありがとう、昨夜のアレクシス様は本当に素敵だったわ。今夜から、扉の鍵は不要よ」


「畏まりました。無作法をお詫びいたします。すぐに身支度の手配を整えます」


 さっと踵を返す彼が扉を閉め、向こうでざわめきが起きるのを感じました。物音がそのまま聞こえてくるのではなく、ぼんやりと喜びの声が届く感じでしょうか。皆が認めてくれてよかったわ。


 ほっとしながら、アレクシス様の胸に身を預けました。抱き止めた状態で固まっていたアレクシス様が、ぎこちなく動き始め……視線を合わせてきます。しっかり見つめ返しました。


「誤解が生まれたようだが」


「五回ですか? そんなにたくさん何を」


 この言葉を聞いてしまったのは、私の身支度に訪れた侍女エレンでした。真っ赤な顔で「ナニを五回も……初めてなのに」と呟きます。こてりと首を傾げた私に、アレクシス様は額を押さえて低い声で唸りました。


「そうじゃないが、もういい。着替えてきなさい」


「はい、では後で」


 抱き止められた後、変な姿勢で止まっていたからでしょうか。足が痺れてしまい、湯気を出しそうなほど真っ赤になったエレンに支えらえて自室へ戻りました。その後、もう足の痺れは取れたのに、侍女達がとても優しくて。


 朝食はアレクシス様と一緒に自室でいただきましたわ。なぜかアントンが運ばせたのですけれど……お体が辛いでしょうとか。何のお話かしらね。

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