17.あの時助けてもらった少年ですわ
「こうして頭を撫でてもらうのは、二度目ですね」
ぽつりと呟き、アレクシス様の顔を下から見上げました。僅かに首を傾げる仕草は、覚えていないと示しているのでしょう。あの頃と今とでは、かなり雰囲気が違いますので。同一人物と気付けないのかも知れません。
「私、実は結構……お転婆なのです」
思い出を辿るように話し始めました。
あれは五年前、まだ十二歳になったばかりの私は日に焼けて小麦色でした。ちょうど、アレクシス様がドラゴン退治を成し遂げる前です。
妖精王の力を使える私は、領地で生活していました。王都より伸び伸びとした環境で、屋敷の外で自由に遊んでいた頃です。いつも遊んでいた領地の子の父親が、兵役で竜退治に駆り出される話を聞きました。
屋敷の警護の騎士はそのままですが、領地内の警備兵や予備役の男性は招集がかかりました。
「ああ、その話はよく知っている。私もその招集で参戦した」
アレクシス様は低い声で同意しました。そう……我が国だけでなく周辺国でも、同じ光景が見られたでしょう。他人事と思っていた戦いが、目の前に近づいている。私は恐怖や悲しみより、役に立てるという自負が勝っていました。
「今になれば、傲慢も良いところです」
「……若い時はそんなものだ」
慰めるでもなく返したアレクシス様も、同じような時期があったのでしょうか。私は勝手に家を抜け出し、妖精王に頼んでドラゴンの近くまで移動しました。巣穴は流石に危険なので、麓に集まった兵の中に潜り込もうとしたのです。
「すぐバレただろう?」
「それが……妖精王のお力で、外見を変えていましたの。小柄な黒髪の少年を覚えていませんか? 生意気で声がかん高く、無鉄砲な子です」
少し考えたアレクシス様の目が大きく見開かれました。その薄い唇が紡いだ名前は「ロブ?」です。
「ええ、当時の私が使った偽名ですわ」
ちょろちょろと兵の間を駆け回り、伝令役をしていました。心配した妖精王がずっとつきっきりで、何度も帰ろうと説得されましたね。でも私は興奮状態で話を聞きませんでした。
「覚えている。ドラゴンの前に飛び出したロブは、君だったのか」
疑わずに信じてくれるのですね。ほっとしました。妖精王が「これほど不器用な人間は初めて見た」と苦笑いするほど、アレクシス様は真っ直ぐな方です。それも含めて、私はこの方を信頼しています。だから信じていただきたかった。
「突拍子もない話でしょうが、私は妖精王の加護を受けています。故に死ぬ心配もしませんでしたし、怖いと思うよりドラゴンを倒すのは私であると……そう驕っていました」
とんでもない勘違いだった。そう悟るのは、数日後のことです。大き過ぎて、私の力など及ばない。大きさも強さも比類なく、ただ踏み潰されるのを待つ愚か者が私でした。
「ロブは立ち竦んで動けなくなり、尾で潰される寸前に助けられました。あなた様の腕に包まれ、土の上に転がり、埃まみれになった愚か者が……私です。あの時、私を庇ったケガがなければ……遅れを取ることはなかった、そうでしょう?」
気にするなと笑ったアレクシス様の肩から流れた血は、今も瞼の裏に焼きついているのですから。
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