18.今のまま変わらずにいてくださいね
泣きながら謝る少年姿の私を乱暴に撫で「もう泣くな」と不器用に慰めた。そんなあなた様だから、私は惚れたのです。
「それはあれだ、戦場の不安定な……」
「そういう感情もあったでしょう。でもアレクシス様が私の恩人であることは事実ですし、私があなた様を追いかけるようになったのも……現実ですわ」
命を救われた恩人、その強さや優しさへの感謝や憧れ。淡い恋心は、あなた様を知るたびに激しく燃え盛りました。愛しているのです。アレクシス様が応えてくれなくても、妻として隣に立ちたいと願うほどに。
「追いかけた?」
「ええ、アレクシス様の縁談が17回破談になりましたが、そのうち3回は私が壊しましたの」
「…………ん゛?」
妙な言葉が聞こえたぞ。そんな顔でアレクシス様は私を凝視します。正面から視線を受け止め、にこにこと笑顔で誤魔化します。うっかり事実を喋ってしましたわ。
「肩を痛めた状態で、ドラゴンを倒された。アレクシス様の実力は本物です。私を庇ったケガがなければ、爪を受けることもなかったでしょう。助けていただき、ありがとうございました。おケガをさせてしまい、申し訳ありません。謝るのが最初でしたわね」
膝枕の状態は惜しいですが、身を起こしてきちんと頭を下げました。
「それはいい。というか、言わなければバレなかっただろ」
馬鹿正直に申告する必要はなかった。そう言って笑うお顔は、あの日、黒髪で平民の子供を助けたあなた様と同じ。身分や外見に関係なく、人を人として認める優しさは変わっておられませんね。
手を伸ばして、傷になった頬を撫でました。向かい合った姿勢で、半分ほどアレクシス様の膝に乗り上げる状態です。身を引こうとしたアレクシス様も、私が体勢を崩すのを見て止まりました。
ベッドの上なのですから、転がってもケガなどしませんのに。こういうお優しいところが大好きなのです。
「この傷は君のせいではない。だから無理して嫁がなくても」
「最後まで話を聞いてくださいませ。せっかちな方ですね」
ふふっと笑って、余計な言葉を吐く唇を指先で塞ぎます。黙ってと示す仕草に、彼は諦めた様子で力を抜きました。
「何度も縁談があったのは、ご令嬢の実家が竜殺しの英雄と縁を繋げたかったからです。ご令嬢は傷を見て怯み、怖がった。破談の原因はそれでしょう?」
こくんと頷くアレクシス様、どれほど傷つかれたでしょうか。顔に出さず耐えてこられたのですね。もし抗議する言葉を吐けば、ご令嬢の今後に影響します。ただ顔が怖いという理由で拒まれたなら、お互いになかったことに出来る。
自分を拒んで泣くご令嬢の気持ちまで汲む必要なんて、なかったのです。私にとっては都合が良かったですが。
もちろん、強さや地位があれば外見を問わないご令嬢もいましたわ。三人ですが……それぞれに失礼過ぎる発言をなさっておられたので、それとなく愚痴を漏らしましたの。周囲の殿方は私の機嫌を取るために、彼女達を責めました。
仕向けたのは私ですが、指示は出しておりません。これが上位貴族の戦い方ですわ。己の手を汚さず、遠回しに仄めかすだけで世間を操る。お父様の得意とする分野でした。
当然、娘の私も多少は嗜んでおります。お母様や王妃殿下もお得意ですわね。こちらの分野は不得手でしょうから、私が担当いたします。アレクシス様は何も知らずに、今のまま変わらずにいてくださいね。
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