16.夜這いの前に告白を忘れておりました
「アレクシス様、王命の意味を理解しておいでですか? 私はあなた様の妻になるんですのよ」
「分かっている。君が本当に好きな人に嫁ぐまで、守り抜くのがお役目だ。きちんと理解しているから、ベッドに入るのはやめてくれ」
「……はい?」
今、変な言葉が聞こえました。私の耳がおかしいのでしょうか。それともアレクシス様の言語能力に障害でも? アレクシス様は私が好きな人に嫁ぐまで……と仰いました。それって、アレクシス様ご本人です。
――っ! もしかして、私……まだ告白していない?!
夜這いの前に、大切なイベントを忘れておりました。シベリウス侯爵夫人の御指南では、まず愛を囁き合う。ここで気持ちを確認したら、胸を押し当てたり腕を組んだりキスをして、愛情を深める手筈でした。最後に窓から忍び込んで、殿方を押し倒す。
まったく手順がおかしいですわ。気づかずに暴走したから、アレクシス様の反応がお話と違ったのですね。世間の殿方と何が違うのか、悩んでしまいました。
「アレクシス様、大きな誤解があります。私が好きなお相手は、アレクシス様です」
「……ん? 幻聴か」
「幻聴ではありませんわ」
ぐいっと距離を詰めると、その分だけ後ろに下がるアレクシス様を、壁際まで追い詰めました。逃がさないよう、両側に手を突きます。でも私はアレクシス様より頭二つほど身長が低いので、腰を拘束した形になりました。
目の前にある胸筋に顔を埋めたいですが、今は我慢です。スキンシップの前に、告白しなくては!
「私、ロヴィーサ・ペトロネラ・エールヴァールは、アレクシス・レードルンド様に恋しております。いえ、愛しておりますの。どうか私を愛してくださいませ」
「……っ! そんな都合のいいことが……」
「現実ですわ」
どうしてこんなに自信がないのでしょう。仕方ありません。ここは私がアレクシス様の素敵なところを語り、ご理解いただくしかありませんね。
「ではどのくらい惚れているのか、納得いただけるまでお話いたします」
「その前に、その……距離が近いんだが、座らないか?」
「ベッドでしたら」
「それはマズイ」
「ア、レ、ク、シ、ス、様?」
何がマズイのでしょう。王妃殿下直伝の、反論を防ぐ呼び方を使ってみました。一言ずつ区切るのがコツだそうです。可能なら、満面の笑みを添えるのだとか。これで国王陛下はイチコロと教えていただきました。
真っ赤な顔のアレクシス様が両手で顔を覆い「無理」と呻く様子に、私は勝ちを確信しました。
「ベッドに参りましょう? ベッド以外は嫌ですわよ」
「……分かったから、連呼しないでくれ」
ふふっ、離して差し上げますわ。目一杯伸ばしていた両腕は、明日痛くなりそうです。侍女にマッサージをお願いしなくてはいけませんわ。
並んでベッドに座りますが、間に一人分の隙間を作られました。少し考えて、私はごろんと倒れます。咄嗟に支えたアレクシス様のお膝に、ぴたりと頭が収まりました。膝枕なんて、幼い頃にお父様にしていただいて以来です。
「懐かしいです」
目を閉じた私に何を思ったのか、アレクシス様は荒れた手で私の髪を優しく撫でてくださいました。
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