15.随分と大胆ですのね

「お母様にお手紙を出さなくては」


 シベリウス侯爵夫人にも必要ね。どうして襲ってもらえなかったのか。きちんと検証が必要だわ。出来るなら、今夜は襲って欲しいけど……まずはお母様かシベリウス侯爵夫人をお呼びましょう。


 お茶会という名目で、招待状を作成する。日付欄は迷った末、可能な限り早くと記載しました。執事のアントンに頼み、大急ぎで発送します。どちらでもいいわ。今日中にお話を聞いて、対策を教えて欲しいの。でも、夫婦の詳しい寝室事情を手紙に書くのは、危険でした。


 どこかで奪われたら、大変です。以前、よく友人へのお手紙を盗まれたのよ。配達員の人が殴られたり、賄賂をもらって渡したり……まともに届けるのも一苦労でしたわ。


 奪ったお手紙を何に使うのでしょうね。翌週の授業の予定を尋ねただけですのに。あれ以降、お母様の忠告に従い、手紙の中身は当たり障りのない内容に留めています。


「誰に出したのだ?」


 興味を持っていただけているみたい。にこにこと満面の笑みで振り返りました。アレクシス様はやや表情が強張っています。


「ご安心くださいな。お母様へ送りましたの。もう一通はお世話になっているシベリウス侯爵夫人ですわ」


 異性ではありませんのよ。そう付け加えると、心配などしていないと否定されました。でもお顔は素直で、ほっとした様子です。お母様がお父様に対して「時々可愛いのよ」と仰られていた意味が、ようやく理解できましたわ。殿方って、素直で可愛いんですのね。


 これでいて、会議や外交、交渉ごとでは表情を隠せるのですから、驚きです。女性が微笑みに本音を隠すのと同じでしょうか。


「母君か。公爵邸に帰るのか?」


「何故です? 私の家はレードルンド辺境伯家ですわ。帰るならここですし、実家は顔を出す場所です」


 思わぬ言葉に、真顔になってしまいました。まだ私が帰るなどと思っておられる。王命まで頂いたのに、間違って伝わる要素がどこにあったのでしょうか。


 はぁ……溜め息をついて腰に手を置きました。怒っている雰囲気を出しながら、アレクシス様の手を掴みます。


「お部屋で少し……お話があります」


「……ここでいいのでは?」


「あら、使用人の皆様に見ていただきたいの? 随分と大胆ですのね。私はそれでも構いませんわ」


 自信たっぷりに微笑んで、両手をアレクシス様に回す。背を包み込めませんが、逃す気はないと示すためです。ついでに胸を押し付けました。殿方を落とすには胸を強調するといい。そう教えてくれたのは、シベリウス侯爵夫人でした。


 ざわっと皆がさざめく。侍女は真っ赤な顔で俯くし、アントンは困惑した顔で私達の顔を交互に見つめました。


「……わかった、部屋に行こう」


 譲歩したアレクシス様と、昨夜一緒に眠った夫婦の寝室に入る私達。見守る使用人の目が優しいのが、印象的でした。

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