第11話

 そこで諦めがついたのか飯島流星は最後のカードを利子の元に運ばせる。


 手元に来たカードはクイーンとエース。ナチュラルブラックジャックだ。


 さらに利子は全てを最後のゲームに賭けていた。


「ナチュラルブラックジャックのレートは一・五倍──俺の勝ちだ」


 利子の勝利宣言の元それを見ていた参加者を始め管制室のユキネとクルミすら驚愕のあまり何が起きたか理解が及んではいない様子だ。


「先輩! 一体何がどうなってるんですか⁉」


「……正直私にも訳がわからないわ」


「何であの子は最後のカードがわかったんですかね?」


「そもそもあの子は何者なの? クルミ、彼女の情報は掴めた?」


「データベースにはただのとしか書いてないです」


「まさか、とんだバケモノかもしれないはねあの子」


「あ! 先輩、どうやら種明かしをしてくれるみたいですよ」


 ゲーム部屋内にて、今しがたゲームが終わり静かな静寂に包まれていた。が、その静寂を飯島流星が破る。


「……おい。これ、どういうことだよ⁉」


「ん? まだ分かんないの? まあ、勝負も──あんたの「人生」も終わったことだし種明かししてもいいけど……聞く?」


「いいからさっさと答えろよ! 何で俺が負けた⁉ しかもこんな素人に! あり得ない!」


「さっきも言ったけどあんたは元手品師でそして──だろ?」


「⁉」


「まずあんたを手品師だと思ったのは、勿論シャッフルだ。あんたは手品師特有の技術を使っていたからな」


 手品師は皆手品を仕込むときに観客にネタを見られないようにある技術を駆使するのだ。


 それは──。


視線誘導ミスディレクション。あんたがカードに仕込みをしていたのはシャッフルの時じゃなく、カードを場に置く寸前でカードを入れ替えていた。だろ?」


「そこまでわかっていたのか……」


「人間の心理ってのは案外単純なものなんだ、人は自分の目で見たものしか信じない。だからあんたのシャッフルを見て、イカさまがないと思い、ましてや俺がシャッフルしたとなればそれはもう疑いの余地なしだ。つまりこれは対等な勝負に見える様にしている。そう、それこそがあんたの狙いだった。違うか?」


「でも、それでは俺が詐欺師だと何で気付いたんだ⁉ 今のでは説明が付かない」


「そうだな、まぁ、あんたを詐欺師だと見抜いたのは──からだ」


 詐欺師というのは一流な者ほど必要な能力がある。


 それは、人を欺くことでもましてや騙すための知識でもない。他にも詐欺師にとって必要な技術は確かにあるのだが、そんなことはどれも二の次だ。


 詐欺師にとって本質的に必要不可欠な技術は……。


「良客、つまり「カモ」を見つけることだ。あんたはおそらくだが今回のゲーム会場に一番乗りで足を運ばせていたはずだ。そして自分の対戦相手を観察し、そして、俺を選んだ」


 利子の話を黙して聞き入る飯島流星。更に利子が続ける。


「だが、まぁ、あんたの目利きは悪くない。しかしそこがあんたの犯した最大の罪だ。あんたが今回敗北したもう一つの敗因は──自身の目を過信して俺をよく見なかったことだ。俺がカモだと判断してからあんたは俺のことを観察することをやめた。それがあんたの甘い所だ」


 利子の全てを見透かさんとするその眼差しに目を背けながら飯島流星は言葉を返した。


「……お前は、一体、何者だ……?」


「俺か? 俺は……「pretender」ただの──だよ」


「ふ、ふざけるな! このペテン師が! それに、まだ納得いかないことがある」


「えー、まだあんの? もう負けてあんたは死ぬんだからいいじゃんかよー」


「俺の仕込みがバレていたのはわかった。だが、最後のゲーム何故、最後にあのカードがお前の手元に来るとわかったんだ?」


 飯島流星が机を叩きながら叫ぶ声に一切怯むことなく、大仰にため息を吐いて。


「はぁー。ゲーム中に言っただろ? トランプが中古品なのはなんでだろうなって、あの時点で場にあったトランプは十中八九あんたの物だと理解した。そして──トランプに仕掛けていたタネにも気付いていた」


「おい、ちょっと待て。まさか、あのトランプに刻んでいた模様を全て記憶したのか⁉ そんな、そんな時間がどこにあった⁉」


「答えは──俺がカードを落とした時だ。あの時場に散らばったカードを一瞬で読み取り、模様をインターベースして後はあんたに気付かれないようにわざと負けている振りをして誘導した。それだけだ」


 利子の言葉に飯島流星は納得がいかない顔付きで居た。それもそのはず。普通に考えて人の脳内でそれほどの処理が行えるものなのか想像すらつかない。カードが床に落ち、それを拾う合間に全てのカードとその裏に刻まれていた模様を記憶したなど納得できるわけが無いのだ。


 そんなことができてしまうのは単に言って。


「神業ではないかとか思ってるだろ? そんな大層なものじゃない。俺は特定のことしか記憶しない。だから今はもう──あんたの名前すら憶えていない」


 そこで突如として黒装束の男等がゲーム部屋に入ってくる。


 どうやら時間が来たらしい。そう──飯島流星の「死」が訪れたのだ。


 存外暴れ回ると予想していたが飯島流星はあっさりと鎖に繋がれ、そして連れ去られた。去り際に「先に行って待ってる」と零した飯島流星に利子は鼻で笑って。


「はん、行くのはあんただけだよ」


 飯島流星の姿が見えなくなった。そこで一度だけ、深呼吸をする。


 今回も何ら変わりはない。いつものように自分をギリギリまで追い詰めて勝利しただけだ。だけど、まだ利子にはやらなくてはいけないことがあるのだ。


 このままではまだ、安心できない。そう思い今も尚この光景を画面越しに優雅に観戦しているであろう者等に声をかける。


「なぁ、見てるんだろ? ちょいとポイントでがあるんだが……」


 利子の交渉に応じた運営側、その内容に驚愕していた。何しろ過去にこのゲームでこんな要求をしてきた者は初めてであったからだ。


 利子は運営側がそれに応じたことでこのゲームの仕組みを予想から確信に返る。


 運営側に渡されたものを確認し、満足した笑みでゲーム部屋を後にする。


 最終ゲーム勝者・白戸利子。

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