第9話
利子にとって最後の勝負が始まりを告げるかと思いきや──ゲームはまだ始まっていなかった。
それは、利子が髪を結んでから暫く、終始デバイスを眺めているだけであった。
「あの、利子ちゃん? そろそろ始めてもいいかな?」
「あ? あと少しだけ待ってくんねーかな?」
それからも利子は高速で画面を操作し、そして不意にその指が動きを止める。
「なるほど、なるほど。状況はよくわかった。あんたも可哀想な人だねぇ?」
画面から視線を飯島流星に移し言葉を発した利子。そのあまりの鋭さ、まるで別人かとも思わせる振る舞い方に飯島流星は少々理解するのが苦しそうであった。
「な、何が可哀想なのかな?」
「いや、なに。まんまとエサに引き寄せられたバカが居たものだと思ってさ」
「挑発しても無駄だよ? そんなことで俺はミスを侵したりはしない。さあ、機械に触れてコールするんだ」
利子の挑発に乗らず、至って平然とした様子でコールを促す。
「「ゲームスタンバイ」」
ゲームが始まり、飯島流星が手慣れた手つきでカードをシャッフルしていく。
ゲーム開始時利子はイカさまは見逃さないと豪語していたのにも関わらず、トランプには目もくれずデバイスを眺めていた。それに違和感を覚えた飯島流星が利子に語りかける。
「見ないで良いのかい? 俺がイカさましてないか確認するんじゃないの?」
「確認? あぁ、そうだな。じゃあ、一度そのカード見せてくれ」
「何言ってるのさ、見せたら意味ないじゃないか」
「もう一度シャッフルすればいいだろ? 何? 不都合?」
「……そんなことないさ」
そう言って、カードの束を利子に渡す。
「ふーん、確かさっきのゲームもあんたがラストカードでブラックジャックを引き当てたよな? これは偶然か?」
「へぇ―、凄い偶然もあるんだね。でも、手札がそうでもその前のペアを見てご覧よ、キングとクイーンこれならまずヒットしないだろうね」
「はは、確かにその通りだ。悪かったね、疑って」
どこまでいっても不吉な笑みは抑えず利子は言う。
その全てを見透かしているかのように思える視線は些か飯島流星にとって気持ちの悪いものとなっているのだろう。
「じゃあ、次は俺がシャッフルするから。別に良いよね?」
飯島流星の許可を得る間もなく利子は悠々とカードをシャッフルしていく。飯島流星にとってもここでシャッフルを断ることは即ち自身のイカさまを証明したようなもの。ここは黙って容認することにした。
警戒をしていた飯島流星だが、利子のあまりにも拙いカード捌きに、思わず肩の荷を下ろす様にほっとしていた。
その見るにも耐えない素人さながらのシャッフル。例え自身のシャッフルが崩されようと、容易に目で追えるスピードだった。
だが──。
「あっ」
その声と同時にカードが宙を舞う。
飯島流星もこのアクシデントは予想していなかったのか、口を大きく開き驚きを露わにしていた。
「あはは、ごめんごめん。慣れてなくってさ。次はゆっくりやるから」
カードをかき集めながら利子は言う。
そして、今度はカードを宙に舞うことなくシャッフルが終了した。
「配るのはおたくに任せるよ」
「あ、あぁ。それより、利子ちゃん。なんかさっきとは別人みたいなんだけど気のせい?」
「ん? 気にしないでくれ。俺はゲームで本気になると人が変わるんだ。さあ、始めてくれ」
参加者が見ているモニターには会話までは聞こえないが、管制室は会話も全て筒抜けであった。その管制室で二人の行く末を見届けているユキネとクルミも利子の豹変振りに違和感を覚えていた。
「あの子なんか雰囲気変わりましたね」
「そうね、窮地に追いやられて素の自分が出てきたとか?」
「うぇ⁉ じゃあまさか、あのいい子ちゃんの感じは全部演技ってこと? とんだ小悪魔じゃないですか!」
「まだ、そう決めるのは早計よクルミ。あれ自体がブラフの可能性もあるわ」
管制室の二人もまだ利子の狙い、考えに辿り着くことはない。いや、寧ろたどり着けるはずがないのだ。
この中で白戸利子という人間を知っているのは白戸利子、ただ一人であるからだ。
だが、こうも明らかに最初のゲームとは大きく変わる利子に自然と期待の眼差しが向けられるのは自然の通りであり、そしてそれを尽く裏切るのが白戸利子という存在なのだ。
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