第2話
「よっしゃー! はい雑魚―。俺に勝つなんざ百年早いんだよ!」
画面に向けて中指を立てながらそう叫ぶ一人の少女が居る。
見るからにぼろいアパートの一室に、無残にも散らかりまくった生活ごみが散乱している中、器用にも自身がゲームをするスペースだけは確保している。
部屋の中には、一台のテレビにゲーム、そしてデスクの上には四画面のパソコンが並べられている。
今なお、その場所で毎日魚のような群れの如し挑戦状を受けて、その全てを返り討ちにしている最中だった。
一度ゲームに入り込んだ時のこの少女の集中力は異常なものだった。全ての五感をゲームに研ぎ澄まし、その間は完全に現実世界から隔離されている。
彼女の名は──。
だが、どうやら彼女はゲームをすると人格が変わるらしく、口調も荒く、ゲームをしている時の顔はまるで──悪戯を企む少年のように口元をにやにやと釣り上げている。
しかしながらオンラインゲームでも一位という輝かしい実績があり、高校でもみんなからの人気者である彼女には誰にも言えない秘密がある……。
それは──多額の借金だ。
利子は幼い頃に両親を亡くしている。その理由は──自殺だった。
両親共々質の悪い宗教に嵌り、全財産を使い果たしそして──この世を消え去った。
それからは高校に入ると同時に昔から得意だったオンラインゲームの大会による賞金で借金返済をしていた。
利子の借金総額は凡そ──六千万円。
無論、いくらオンラインゲームで賞金を稼いでいてもこの額は早々に返せる額ではない。さらにもちろんメディアが入る世界大会のほうが圧倒的に賞金は多額なはずなのに、利子はそれに出ることができない。なぜなら……借金をしている相手組織から禁じられているからだ。
メディアに出ることで自分たちの立場が危ぶまれることを危惧しての命令なのだろう。
まだ、若干十八歳の少女が一人で抱え込める問題ではない、けれど利子は高校に入ってからも誰にも弱音を吐いたことがない。中学時代、貧乏という境遇なだけで酷いいじめに遭っていた利子は、高校は自転車で片道二時間の自分を知る人間が居ない高校を選び、今まで隠し通してきたのだ。
かなりのストレスが溜まっているに違いない。けれど、利子を自暴自棄に追いやらなかったのは他ならない……ゲームがあったからだ。
ゲームをしている間は、現実の全てを忘れられる。自分が負ける寸前まで追いやられてからの大逆転劇、一つの操作ミス、判断ミスが許されない究極の極致、この状況こそ利子が心から生を感じられる瞬間だった。
故に《pretender》
──そう、利子はわざと弱者の振りをしているわけではない。
全ては自分の生を感じるための演出なのだ。
「ふぅー、流石に二十人を連続で相手すると疲れるな」
そう言って、長く後ろで編んでいた紙紐を解く。髪を解くとお尻に届きそうな程まで伸びた髪が先程までの鋭く、相手を見透かしそうな瞳は隠れ、雰囲気が変わったように見える。
「さてと、次の大会とかのスケジュールを調べようかな……ん? なんだ? メール?」
またしても対戦の申し込みかと思い、小さくため息を零しながらメールを開くとそこには……。
「見事な腕前だ、流石は世界ランク一位の白戸利子さんだ」
「…………」
そのあまりにも怪しいメールに少女の指は止まる。
「こいつ……何であたしの名前を知ってるんだ?」
そう疑問に思っていると、もう一通メールが届いていた。
「君はゲームで人生が変わると言われたらどう思う?」
「…………」
ゲームで人生が変わるなら……その質問の意味を少女は知っている。
だから、少女は迷うことなく、こう答えるのだ。
「そんなの不可能だ」
彼女は、少女は知っている。この世界が──「クソゲー」だということに。
例えば、攻略不可能、セーブもなく復活も出来ないRPGがあったとする、それらをみんなはやりたいと思うだろうか?
おまけに、明確なゴールもなく、ただ茫然と「人生」と言う名のクソゲーをやらされている。今更この人生をゲームでどうにかなるとは到底思えない。
だが、次に届いたメールの内容に少女は驚きのあまり、力強く机を叩きつけて立ち上がっていた。
「言い方が悪かったね、なら、これでどうだろう──今現在抱えている君の借金を返済できるとしたら……君はどうする?」
そのメールを見た少女は少し考え込んでからケータイに何かを打ち込み、再び長い髪を結び、露わになった鋭い眼光で画面を睨み付けながらこう返す。
「あぁ、もし、そんなことが可能なら是非とも参加してみたいね」
そして少女はそのメールに記載されているURLのリンクにアクセスしようとしている。
万が一にもこのリンクが悪性のウイルスであったとしても、少女には対処できる自信があったからだ。
アクセスした先に待ち受けていたものは──《DEAD OR ALIVE》と記された招待状が届いていた。
その招待状に参加のボタンを押すのに一切の躊躇もなく押すのと同時に、玄関からベルが鳴り響く。
明らかにタイミングの良さから、警戒を強めた動きで恐る恐るドアを開けると、そこに居たのは黒装束の男らしき人物が三人いた。
「白戸利子様、ゲーム会場にお連れしますので準備をお願いします」
「まさかと思うけど、お前ら、俺の家の前で張ってたろ?」
「時間があまりないのでお早めにお願いします」
「一つ聞かせろ、学校に連絡はどうするんだ? 流石に一日やそこらで帰ってこれる訳じゃないんだろ?」
「その点は、我々運営側にお任せください」
今の会話に何かを訝しむような面持ちで利子は黒装束の男に視線を向けていたが、やがて覚悟ができたのか、特に何かを用意するわけでもなく携帯電話だけを手にして部屋を出た。
部屋を出た途端に、黒装束の男は利子の頭から袋のような物を被せて目隠しさせようとする。だが、それを利子はわかっていたかのように躱す。
「ちょっと待て! 概ね居場所の特定防止とかで目隠しするんだろうけど、その前に一つ髪を解かせてくれ」
利子の言葉を黒装束の男は無言を以て肯定した。その反応を見て利子はヘアゴムを外して視界を奪われた。
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