大好きな幼馴染がNTRそうになったので、筋肉で解決した。

書峰颯@『幼馴染』コミカライズ進行中!

短編

 僕の父さんはボディビルダーだ。

 毎日毎日、来る日も来る日も、良い筋肉を造る仕事をしている。

 

「お父さんはな、親子でマッチョになるのが夢なんだ」


 そんな夢に付き合わされた僕だったけど。

 どんなに良い筋肉を造ろうとしても、細い筋肉のまま成長する事は無かったんだ。


「スグルは痩せマッチョなのかもしれないな」


 父さんが残念そうに、僕の上腕二頭筋を見て呟く。

 稜線みたいに大きくて頼もしい三角筋が、僕にも欲しかった。

 だけど、どんなに筋肉をイジメても、どうやっても太くならなかった。

 

「スグル君の筋肉、冷華れいかは好きだよ」


 隣近所に住んでいる同い年の女の子、坂友さかとも冷華ちゃん。

 黒い髪が綺麗な子だったけど、お家が貧乏なんだって、よく聞かされてた。

 

 散髪も文房具のハサミで自分で切ってるのを見たことあるし、いつも同じワンピースを着ていることが多くて、ご飯がないからってウチに食べに来た時についた汚れが、一週間経ってもそのままな事があったり。


「ウチ、お母さんしかいないから。洗濯してるんだけど、落ちないんだ」


 しょんぼりした顔でこう答えたから、僕が洗ってあげる事もあった。

 泡立ちすぎて物凄いことになって、「凄い凄い!」って沢山笑う。

 そんな冷華ちゃんが可愛くて、一緒にいて毎日が楽しかったんだ。 


 でも、僕はずっと悩み続けていた。 

 父さんと一緒に庭で毎日筋トレしてるのに、僕だけ細いまま。

 内容だけなら父さん以上の事が出来るのに、どうして僕のは太くならないんだろう。


 その悩みは解消する事はなく、僕達は大きくなり、中学三年を迎えたある日のこと。


「スグル君……私、高校いけないかも」


 冷華ちゃんは僕なんかと違い、めちゃくちゃに頭がいい。

 中学のテストだってずっと上位だったし、県内に行けない高校なんかないはずなのに。


「ウチ、貧乏だから、高校には行かせられないって」


 泣きながら僕を頼ってくる冷華ちゃんに対して、僕は何とかして彼女の力になりたかった。

 

「お金なら任せて」

「無理だよ……スグル君のお家も貧乏でしょ? 毎日鶏肉と白い飲み物しか飲んでないのに」

「大丈夫、僕に考えがあるから」

 

 その日から毎日、夕方から夜にかけて、僕は殴られ屋として街に立った。

 一発千円、道具を使って殴る場合は五千円、かわしても良ければ五百円。

 居酒屋が立ち並ぶ夜の街は、理性を吹き飛ばした大人が沢山いたんだ。


「お、坊主、本気で殴ってもいいのか?」

「いいですよ、ただ急所はやめて下さいね」

「そうかそうか……じゃあ、遠慮なくッ!」


 ゴッと鈍い音を立てて、相手の拳が僕の外腹斜筋に当たる。

 けど、細いけど、僕の筋肉は硬いから。

 痩せマッチョって言われてる僕の筋肉は、ある程度のダメージなら吸収してくれる。

 毎日毎日痛めつけてる僕の筋肉は、殴られた程度じゃ痣すら残らない。


 こうして冷華ちゃんの相談を受けてからずっと、僕は密かにバイトを繰り返し、そして。


「冷華ちゃん……これ」

「え、なにこの大金、どうしたの」

「僕、冷華ちゃんと一緒に高校に行きたいから」

「そ、そんな……でも、冷華、何もしてあげられないよ? 私に出来ることなんて、何にもないのに」

「いいよ、一緒に高校に行ければ。冷華ちゃんは笑ってくれれば、それでいいから」


 泣きながら僕に抱き着いてきた冷華ちゃん。

 ああ、良い事をしたな……でも、もう筋肉を他の人に見せつけるのは、ヤメにしておこう。

 父さんも言ってたんだ、筋肉は人に見せびらかす為のものじゃないって。

 

「おはよう、スグル君」

「冷華ちゃん……制服、似合ってるね」

「――――、うん、本当に、ありがとうね」


 紺色の指定された制服を身にまとう冷華ちゃんは、とっても綺麗だった。

 桜の花びらが舞う季節に、僕達は希望を胸に高校へと進学する。


 だけど、そこの高校で、僕達はクラスメイトと打ち解ける事が出来ずにいたんだ。

 僕と冷華ちゃんが仲良さげに話しているのを、クラスの男子が気に入らなかったらしい。

 

 回されてくるプリントはワザと飛ばされ、教室を歩けば無為に足を蹴られる。

 モヤシ野郎って叫びながら、廊下で背中を蹴り飛ばされた事もあった。

 どれもこれもダメージは無かったから、別に気にしてなかったけど。


 でも、その陰湿なイジメとも呼べる行為の目標が、僕から冷華ちゃんに切り替わっていたのを、僕は気付かなかったんだ。


★冷華


 椅子の上にセロファンで固定された画びょうを見て、ため息と共に取り外す。

 こんな子供染みたイジメなんて、小学校でもされた事なかったのに。

 

 私とスグル君が仲が良いってだけで、どうしてこんな事をするのかな。

 でも、先生にも、スグル君にも相談は出来ない。

 彼のことだ、自分だけなら我慢するけど、私の為になら多分全力で戦ってしまう。

 お金も工面して貰ってるのに、更に助けてもらうなんて、申し訳なさ過ぎて出来ないよ。


「お前、イジメられてるんだって?」

木尾きお君……別に、関係ないでしょ」

「俺ならお前を助ける事が出来るぜ? 嫌だろ? 毎日毎日嫌がらせされんの」


 木尾君は、クラス内のカースト上位の人だ。

 大金持ちで中学の時からボクシングもしてるって、大声で喋るから嫌でも聞こえてくる。

 だから逆らえない人が多くて、男子の何人かは子分みたいになっちゃってるし。


「でもまぁ、それには牧野まきのスグルと別れるのが条件だけどな。クラスでいちゃいちゃしてんの、見てるこっちとしては堪んねぇんだよ。別に俺と付き合えって訳じゃないんだ、別れるだけでいい。簡単だろ?」

「……出来ないよ、スグル君のお陰で今の私がいるの」

「なんだそりゃ?」

「彼と別れるくらいなら、そのまま退学でも構わない」


 「はぁん?」と言葉を残し、まぁいいやと木尾君がはいなくなったけど。

 でも、次の日から私へのイジメ行為は、更に苛烈になっていったんだ。


 教科書に落書きされ、上履きの中にゴミが詰められてたり。 

 酷い時は生理用品が全部盗まれてる時もあった。

 さすがに先生に相談したけど、証拠がないと何も出来ないって言われて。

 動画撮影でも出来ればいいんだけど、私の家は貧乏だから、スマホなんて持ってない。

 スグル君も持ってるの見たことないから……ううん、彼を頼っちゃダメ。

 自分一人でこんなの切り抜けないと、彼と一緒にいる資格なんてないよ。


「ちょっと、スグルに関する情報を仕入れたんだけどよ」


 廊下で数人に囲まれると、首謀者であろう木尾君からこんな事を言われた。

 壁に手を付いた木尾は、私を覗き込むように見る。


「スグル君の情報って……なに」

「アイツ、中学の時に殴られ屋なんかやってたんだって?」

「……知らない」

「おいおいとぼけんなよ、お前の為にアイツが金を稼いだんじゃねぇの? お前の中学と同卒の奴がいてよ、本当ならお前、金がなくて高校行けなかったって言ってたらしいな? それをスグルが殴られ屋なんて、危険で違法なバイトをして、そんでお前が学校に来れてんじゃねぇの?」


 知らなかった……ううん、知ってたのに知らないフリをしただけだ。

 まともなお金じゃないって分かってたのに、それを受けとってしまったんだ。

 私も高校に行きたかったから、スグル君と一緒に高校生になりたかったから。


「これがバレたら、お前はともかく、スグルは退学だろうな」

「……なん、で」

「ウチの高校バイト禁止、しかも殴られ屋なんて国が認める訳ねぇだろ。まぁ、学校にチクるかどうかは、坂友冷華、お前の対応次第だけどな」


 木尾君が断りもなく、私の肩に腕を回してきた。

 その手が胸の辺りを強く握ると、私は顔をしかめる。


「おっと、手がぶつかっただけだ、気にすんなよ」

「……別に」

「じゃあ行こうぜ、お前ら交渉成立だから、誰も喋るなよ」


 行きたくない、こんな男と一緒にどこにも行きたくない。

 だけどスグル君を想うと、逆らう事も出来ない。

 私のために彼は沢山犠牲になってくれてたんだ。


 だから、今度は私が我慢する番。

 何をされても、スグル君を裏切ることはできない。


「放課後の体育館倉庫とか、たまんねぇよな」

 

 ドンッと突き飛ばされて、マットの上に倒れ込む。

 

「入学した時から目をつけてたんだよ、俺に唯一媚びない女だったからな」


 蛇みたい、気持ち悪くて、臭くて、なんで世の中にはこんな男がいるのかな。

 制服の上を脱ぎ散らかすと、圧し掛かる様にかぶさってくる。

 そして顎を持ち上げれて、木尾が唇を尖らしてきた。


 ――咄嗟に、手が出ちゃった。

 だって、急すぎたから。


「……ってぇなぁ!」

「だって」

「おおーいてて、これは暴行罪も追加されちゃうな。学校に報告したらどうなるんだろうな?」

「アンタの方が、悪いに決まってる」

「別に? 俺はまだ何もしてないぜ? なのに叩かれたんだ。証拠もあるぜぇ? 記念に撮影しようと思ってたからなぁ。本当なら何もしないで終わらすつもりだったんだけど……こりゃあ、お仕置きが必要になちまったなぁッ!」


 バンって、耳の鼓膜が破れるような音が聞こえてきた。

 それが叩かれた音だって気付くと、途端に目から涙が溢れてくる。

 痛くて、怖くて、子供の頃を思い出しそうになって、全部、嫌になって。


「ひっ……ひっ」

「泣いてんじゃねぇよ、無駄に興奮しちまうだろ」

「や、やだ、ヤダよ……嫌だ、いやなの」

「ダメだね、そんなの俺が許さねぇ。ウチのクラスは俺が仕切ってんだ、俺が法律なんだ、俺が絶対なんだよ! だからお前がここで犯されるのも、しょうがないことなんだよ!」


 乱暴に制服を掴みあげると、ブチブチと音を立ててボタンが弾け飛ぶ。

 いやだ、スグル君以外に見られたくない。

 咄嗟に隠すけど、それも力でこじ開けられて。


「隠してんじゃねぇよ! さっきも言っただろうが、俺が絶対だってなッ!」

「そんなの初耳だけど」


 ――いつだってそうだ。


「あぁ? んでテメェがここにいるんだよ!?」


 ――私が酷い目にあっていると、どこにいても助けてくれる。


「別に、どうでもいいだろ。冷華、大丈夫だ――――」


 ――なんで来てくれるの? 私、一人で頑張らなきゃダメなのに。


「おい、お前、冷華の顔、叩いたのか」

「はぁ⁉ ソイツが勝手にすっころんだんだよ! 俺じゃねぇ!」

「冷華、本当?」


 ――でもね、嬉しいの、いつでもどこでも来てくれる貴方が、心の底から。


「スグル君、私、私……ソイツに叩かれたの! 犯される所だったの!」

「…………分かった」


 ゆらりと上半身が揺れる、それだけでスグル君の何かが変わったんだ。

 それと同時に、ズボンを下ろそうとしていた木尾の手にナイフが握られる。

 

「分かったじゃねぇんだよ! テメェ殴られ屋なんだろ⁉ だったら大人しく殴られとけばいいんだ!」

「金さえもらえば、そうするよ」


 ナイフを振りかざした木尾がスグル君に斬りかかった瞬間。


 ドンッッッッ!!!!!!!! って、あり得ない音が響き渡った。

 地震が起きたのかなって勘違いしちゃうほどの衝撃。


「ぐぁっ……はっ」

「でも、女の子の顔を叩くような奴には、殴らせないけどね」


 一撃、たったの一撃で勝敗が付いてしまった。


 スグル君は細いけど、物凄い高密度の筋肉が造られてるんだって、彼のお父さんから聞いた事がある。白色筋肉と赤色筋肉の混合種、それは短距離と長距離、なんでも出来るスグル君の筋肉は桃色をしているんだって、お父さんが嬉しそうに私に教えてくれた。


「あ、木尾君のスマホ壊しちゃった……弁償しないとかな」


 ぱっぱって手を払いながら、私の方を見て微笑む。

 

「冷華、立てる?」

「うん、大丈夫」


 もう一生一緒にいようって思う。

 だって、彼の隣はとっても安心するから。


★スグル


 冷華を救出したあと、先生に事の真相を伝え、僕はそのまま警察へも垂れ込むことにした。

 隠ぺい体質っぽかったからね、色々と話を聞くと担任に頼るのは厳しそうだったし。


 担任はいなくなり、木尾君もしばらくの入院のあと、どこかへと転校していなくなった。

 金持ちはいいよな、いざとなったらどこへでも逃げれるんだから。


「スグル君」

「冷華……顔の傷、完全に治ったみたいだね」


 庭で筋トレをしていると、私服の冷華がニコニコしながらやってきた。

 冷華の顔に傷がついてた時は、我を忘れそうで結構やばかったな。

 危うく全力で殴るとこだった……木尾君死んでたら逮捕される所だったよ。

 まだまだ鍛錬が足りない、いつでも冷静沈着に、父さんみたいな人にならないと。


「うん、ありがとね。それと……殴られ屋なんてやってたの、知らなかった」

「教えるつもりもなかったから。そんなことで冷華が気に病む必要もないし」

「そんなことなんて、些末にしないでよ」


 近づいてきた冷華は、僕に抱き着いてそのまま唇を重ねる。

 柔らかくて、甘い、冷華の頬の匂いとか、もう全部にノックアウトされそうになる。

 

「え、ちょ、冷華」

「だって、私、始めては全部スグル君がいい」

「いや、そんな、だからって」

「アイツに奪われそうになって、心の底から嫌だって思ったの。だって、始めてって重要だし、全部スグル君にあげたいし……それぐらいしか、私には出来ないから」


 至近距離にいる冷華の香りが、とても良くて。

 安心する香りって、きっとこういう香りの事を言うんだろうな。


「僕が求めるのは、子供の頃から何も変わらないよ」

「……子供の頃から?」

「冷華の笑顔が見たい、それだけで十分だから」


 ぎゅっと抱き締められたまま、冷華はもう一度軽くキスをする。


「ずっと見せてあげる、一生側で見せてあげるからね」

「……うん、ありがとう」

「愛してる、スグル君」


 冷華と一緒なら、なんでも出来る気がする。

 相も変わらず、僕の筋肉は細いままだけど。

 それでも、大切な人を守れるのだから、誇りに思いたい。

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