第12話 千尋だって女子なのだ

 襟の詰まったクリーム色のタンクトップに、デニムのショートパンツという溌溂とした出で立ちで千尋の隣を歩く萌。


 そのタンクトップの胸の辺りは下からしっかりと押し上げられている。小5に持たせてよいものではない。実にけしからん。千尋は自分のなだらかな胸を見下ろしながら思った。


 ちなみに千尋は上が学校指定の体操服、下はジャージ。安定の格好である。


「お姉ちゃん、どうしたの?」

「うむ。萌よ、いつの間にそれほど育ったのだ?」

「育った? 何言ってんの、毎日一緒にいるじゃん」


 中2の千尋と小5の萌、二人ともショートボブで、小動物系の可愛らしい顔立ちだ。二人並んでいると必ず姉妹と言われる。ただ、最近は萌の方が「姉」と言われるのだ。たしかに身長もほとんど変わらないのだが……解せぬ。


「胸の話だ」

「胸!? なんでっ!?」

「うむ。我らは姉妹だし、食べているものも同じなのに、何故これほどの格差が生じるのだ?」

「いやいやいや、胸なんか大きくても良いことないよ?」

「は?」


 『胸が大きくても良いことなんてない』。肩が凝る、走るとき邪魔、服装を選ぶ、男子の視線が気持ち悪い、等々……。胸の大きな女子がそうではない女子にまるで言い訳のように並べる台詞の数々。


 千尋は、持たざる者の悲哀についてなら1万文字くらい書ける自信があった。なんなら短編小説としてサイトに投稿すれば、日間ランキングの末席に入れるんじゃねーかと思うくらい自信があった。


「お姉ちゃん?」

「…………いや、そうだな。姉妹のうち一人くらいは『持つ者』であった方が良いな」

「なんの話!?」

「だから胸の話だっ!」


 今日も本庄姉妹は仲が良い。平和である。


 そんな他愛もない会話をしているとあっという間に神社に着いた。祠の前で姉妹並んで手を合わせ、お参りする。左奥の大岩に向かうと氏神が現れた。


「うーちゃん様、こんにちは」

「こんにちは、千尋ちゃん」

「うーちゃん?」

「萌、こちら氏神のうーちゃん様でいらっしゃる。うーちゃん様、私の妹、萌です」

「萌ちゃん、はじめまして! 気軽にうーちゃんって呼んでね?」

「は、はじめまして、うーちゃん、様」


 いつも通りの軽いうーちゃんと戸惑う萌。


氏神? そう言えば昨日、お姉ちゃんからそんなワードを聞いた気がする……その時は自然な感じでスルーされたけど。


「うーちゃん様、妹の装備を下さりありがとうございました」

「あ、ありがとうございました!」


 千尋と萌が揃って頭を下げる。


「いいよー気にしなくて」

「あっ、そう言えば……うーちゃん様、少しお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「うん」

「ダンジョンとは、人類に利益を齎すだけの存在ではなく、人類を強くするための存在でもあるのではないでしょうか?」

「おぉぅ」


 ついでのように気軽に聞かれた問いだったが、その内容が結構重いものだったため氏神は言葉に詰まった。


「お姉ちゃん、何言ってんの?」

「以前から疑問だったのだ。何故ダンジョンは突然出現したのか。自然発生説もあるが、こうしてうーちゃん様と実際にお会いしたということは、そこには何らかの意図が働いている可能性が高い。そう思ったのだ」

「ほほう」


 「ほほう」は萌の言葉である。分かったフリをしている。


「千尋ちゃん、申し訳ないんだけど、今その答えを聞かせることは出来ないんだ。ごめんね?」

「あ、いえ、うーちゃん様がお気になさる必要はございません。私の方こそ余計な事をお尋ねして申し訳ございませんでした」

「あー、いや、余計な事ではないんだけどね……千尋ちゃん達だったら、きっと近いうちに真実に辿り着くと思うんだ」

「真実、ですか」

「うん。まあダンジョンは見かけ通りだと思ってても支障はないし。ほとんどの人にとって見かけ通りでしかないしね」


(なるほど、やはりダンジョンは『見かけ通りではない』ということか)


「承知しました。うーちゃん様、ありがとうございます」


 姉と氏神のやり取りをぽかーんと見ていた萌が千尋を急かす。


「お姉ちゃん、早くダンジョンに入りたい」

「うむ、そうだな。うーちゃん様、それでは失礼します」

「失礼します!」

「うん、気を付けて。またね!」


 氏神に別れを告げた姉妹は装備を整えるために大岩内のセーフティゾーンに入った。


『本ダンジョンへの侵入者を確認。本庄萌にダンジョンへの立ち入りを許可しますか?』


「YES / NO」


 いつもの無機質な女性の声に続き、目の前に青い板が浮かぶ。千尋は慎重に「YES」をタップした。


『本庄萌の立ち入りが許可されました。この許可はいつでも取り消し可能です。続いて本庄萌のステータスを確認…………完了しました。ステータスを表示しますか?』


 今度は萌の目の前に青い板が浮かぶ。萌も人差し指で慎重に「YES」をタップした。


「萌、我もステータスを見て良いか?」

「いいよー」


====================

本庄萌 女 11

Lv0

種族:人

属性:―

HP:46

MP:40

STR(腕力):18

DEF(防御):15

AGI(敏捷):14

DEX(器用):16

INT(知力):13

LUC(運):11

スキル:なし

EXスキル:怒髪天衝

====================


 千尋がレベル0のとき、STRは「9」だった。


(何この腕力……こわっ)


 腕っぷしの強い子だとは思っていたがこれほど強いとは。千尋は軽く戦慄した。あとEXスキルが不穏過ぎる。


「お姉ちゃん……ど、どうかな、私のステータス」


 萌は他人のステータスを知らない。ネットの情報でも、小5女子の平均ステータスなど開示されていない。そもそも小5女子はダンジョンに潜らないのだ。


 千尋は、妹の優れたステータスを素直に称賛した。


「萌はかなり強いと思う。レベルが同じなら私より萌の方がずっと強い」

「えっ、そうなの?」

「うむ」

「そっか……じゃあ私、強くなってお姉ちゃんを守るね」

「む? 気持ちは有難いが自分を一番に考えて欲しい」

「ううん。今まで守ってもらってばっかりだから、今度は私が守るよ!」


 ふんす、とけしからん胸を張る萌。自分が萌を物理的に守っていたのは、せいぜい萌が小1くらいまでだと思うのだが……それでも妹の気持ちに水を差すのは憚られた。


「うむ。それなら頼むぞ」

「うん、任された!」


 うちの妹可愛い。


「萌、EXスキルをタップしてみよ」

「これ何て読むの?」

「ドハツテンショウ、だろうな」

「そっかー」


====================

EXスキル:怒髪天衝

怒りが頂点に達すると各種ステータスが上昇する。

Lv1 ステータス10%アップ

====================


 うむ、なるほど。少なくとも萌は怒らせないようにせねば。


「これっていいスキル?」

「ああ、悪くない。だが怒りで判断を狂わせることがないように気を付けるのだ」

「分かった!」


 そしてようやく1層に降り立つ姉妹。もちろん萌が来るのは初めてである。


「萌のステータスとうーちゃん様の装備があれば1層のモンスターに後れを取ることはないと思うが、最初の1体は我が倒す。よく見ておくように」

「はいっ!」


 萌が右手を挙げて元気よく返事する。トゲトゲの付いた籠手と脛当てという物々しい恰好だが可愛い。我が妹はどんな格好でも世界一可愛い。


 少し進むといつものアイツ――アボカドモドキが登場。千尋はすぐに距離を詰めた。種とたまにアボカドを投げつけてくるがひょいひょいと軽く避ける。いつもならそのまま刀で斬りつけるが、手前で一度立ち止まり、あえて肉弾戦を挑む。


「喜ぶがいい。我が素手で相手してやろう」


 至近距離から投げつけてくる種とアボカドを、ボクシングのウィービング、ダッキング、それにスリッピングアウェイで悉く躱す。レベルが上がり各種ステータス値が向上したことで可能となった動きだった。あまり萌の参考にはならない。


 頃合いを見てパンチ。それだけでアボカドモドキは靄になった。


「すごいよお姉ちゃん! なんかよく分かんなかったけどすごい!」


 萌が手放しで褒めてくれるので千尋も鼻が高い。


「萌も、いや萌ならレベルを上げればもっと鋭く動けるだろう」

「そうなの?」

「うむ。今の相手はレベル差で圧倒しただけだ。モンスターより圧倒的にレベルを上げること。これがダンジョン攻略を最も安全に、かつ効率的に進める方法だと我は考えている」

「なるほど。つまり、この夏休みの間に目いっぱいレベルを上げようってことだね?」

「さすが我が妹。分かりが早くて助かる」

「よーし、私、がんばっちゃうよっ!」

「油断大敵だぞ?」

「はいっ!」


 こうして千尋と萌の姉妹によるレベル上げが始まった。

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