第11話 妹の装備を入手しよう

 今日は氏神と会う事なくダンジョンに入った千尋。


(うーちゃん様にお会いしたら色々聞いてみようと思ったけど……また今度でいっか)


 セーフティゾーンでステータスを確認してみると、レベルは上がっていなかったものの獲得経験値が12000程増えていた。昨日倒したイレギュラー3体(と巻き添えになったお野菜達)で経験値を得たようだ。


 今日の目的地は1層の隠し部屋である。隠し部屋は1層の真ん中付近、やや北側にあった。場所は頭に入っているので真っ直ぐ向かう。


 途中で遭遇するニワトリモドキ、レタスモドキ、そしてお気に入りのトマトモドキ。行きは戦利品を拾わず、進路に立ち塞がるモンスターだけを走りながら斬り捨てる。


 やがて目的の場所に到着。見た目は行き止まりの壁であるが、脳内に構築したマップによれば、この向こうには不自然なほど広い空間がある筈だ。


「さあ、我にその隠された姿を見せてみよ」


 隠し部屋に入るための扉などを出現させるギミックがないか、壁の周囲を調べる。しかし何も見つからない。


「ふむ。どうすれば入れるのだ?」


 もしかして物理? ふとそう思った千尋は、壁に向かって後ろ回し蹴りをカマしてみた。


「ボコッ!」


 壁に穴が開き、そこから人が通れるくらいの大きさまで崩れる。物理だった。


 もはや隠されてない部屋の内部は、ダンジョンの他の部分に比べて薄暗い。どういう仕組みになっているのか、天井もかなり高い。その天井を支えるように太い石柱が数本。さらに石筍のようなものもあちこちに立っている。


 そして、ひと際太くて黒々としていた石柱が動き出した。それは石柱に巻き付くように絡んでいた巨大なムカデだった。


 ズゾゾゾゾッと音を立てながら向かって来るムカデの姿に血の気が引き、全身に鳥肌が立つ千尋。


「ム、ムカデ!? ムカデ嫌い!! 虫やだっ!!」


 千尋は昆虫全般が苦手であった。そして足が多ければ多いほど苦手なのである。ムカデなどは苦手なものランキングで堂々1位に輝くくらいである。通常サイズのムカデでさえ見るのも嫌なのに、目の前のヤツは長さが千尋の3倍以上ある。体の厚みも30センチくらいあった。この世で最も苦手なものが無数の足を蠢かせ信じられない速度で千尋に迫る。


「ぎぃやあああああああーっ!」


 女子が出してはいけない声で叫び声をあげ、後退る千尋。戦意はゼロである。いつもの魔王ムーブなど影も形もない。今すぐこの場から逃げ出したいが、魂に刻まれたと思い込んでいる根源的な忌避感によって脚に力が入らない。


「ひぃいいいいいいいいーっ!」


 本庄千尋、過去最大のピンチ。本人的にはハーヴグーヴァ(鯖)の時よりピンチ。腰が砕け、尻餅をついてしまった千尋に対し、巨大ムカデが無慈悲に襲い掛かる。


「ヒュンッ」


 目を瞑り両腕を顔の前に掲げて、自分に迫るモンスターがムカデではないと懸命に自己暗示をかけていた千尋だったが、その耳に空気を裂くような音が聞こえた。いつまで経っても衝撃が来ないので恐る恐る目を開けてみると、一瞬前まで千尋に迫っていた巨大ムカデの姿が消えていた。


「え?」


 急いで周囲を見渡す。幸いなことに、他にムカデの姿はないようだ。その代わり、さっきまでいなかった筈のものが、大きな石筍の上に座っていた。


「ケロケロケロケロ……」

「カエル!?」

「ケロッ?」


 それは、遠近感が狂うほど巨大なアマガエル。鮮やかな黄緑色、顎からお腹にかけては綺麗な白。目が大きくクリクリしていて、鼻の辺りから前足の肩辺りまで、線状の黒い模様が走っている。


 その姿は愛嬌があって、可愛いとすら言えたかも知れない。その口の端からムカデの一部がチョロっと見えていなければ、だが。


「お前がムカデを喰ってくれたのか」

「ケロケロケロ」

「その点には感謝する。だが、我にはここでアイテムをゲットするという責務がある。従ってお前を倒さなければならん」

「ケロケロケロ」

「せめて苦痛のない死を」


 巨大ムカデが(ほぼ)視界から消えたことで心の平穏を取り戻した千尋。カエルと会話が成立しているかのように聞こえるが、もちろん偶然である。


「受けてみよ、我が斬撃を!」


 すらりと刀を抜くと力一杯地面を蹴り、巨大アマガエルに鋭く肉薄した。さっきまでのビビりようが噓みたいであった。


 え? ムカデ? 何それ。そんなの見てないけど。


 ムカデは無かったことにするつもりの千尋である。昆虫は苦手だが両生類なら大丈夫。サイズはおかしいが、どう見てもアマガエルだ。見た目が多少愛らしかろうが戦う事に躊躇いはない。


 しかし、カエルの方も黙って斬られるつもりはなかった。迫って来る千尋に向かって、青黒い舌を鋭く射出する。それは獲物を捕らえるためではなく、串刺しにするためのものだった。額を狙ってきた舌先を首を横に倒すだけで躱し、速度を落とさず突き進む。


「ふっ!」

「ケロッ!」


 高さのある石筍の上にいたカエルは、千尋の横薙ぎの一閃を跳躍して躱した。巨体に似合わず動きが速い。空中に居ながら、舌攻撃を繰り出してくる。


 千尋は胸を狙った舌を半身になって躱し、そこへ刀を斜めに振り上げた。舌は中ほどで両断され、先の方がボトリと地面に落ちる。


「ゲロロロロローッ!?」


 カエルが苦悶の声をあげ着地が乱れた。その一瞬を見逃さず、千尋は前に飛び出す。地を這うような低い姿勢のままカエルに迫ったが、千尋の刀が届く前にヤツは垂直に跳んだ。その巨体で押し潰すつもりだ。


 千尋は前進の力を無理やり上へ向け、カエルを追って飛び上がった。首の辺りを狙って逆袈裟に斬り上げる。確かな感触が手に伝わり、首の中ほどまで切り裂いた。カエルが四つ足で着地した横に、千尋もスッと降り立つ。


「済まんな、一撃で殺せなかった。我の力不足だ」


 ヨロヨロと動こうとするカエルの首にもう一度刀を振るう。カエルは明るい紫の靄に変わり、同じ色のマグリスタルが地面に転がった。


 部屋の奥で「ゴゴゴゴ」という音と共に壁が扉のように開く。人ひとり入れるくらいの小さなスペースには石造りの台があり、その上に千尋が氏神から贈られたものと似た、巻物のようなものがあった。


 千尋はペコリと一礼し、その巻物を手に取って帰路に就いた。





 自宅に戻った千尋は少し後悔していた。


(早く帰り過ぎた。こんな事ならレベル上げすれば良かった)


 萌と一緒に巻物の中身を取り出し、どんな装備か確認したい。その気持ちが逸ってレベル上げそっちのけで帰って来てしまった。


 もう一度ダンジョンへ行こうか迷っていると――


「ただいまー」

「萌っ! おかえ……よう戻った」

「お姉ちゃん、今日は早かったんだね」

「うむ。萌と一緒に中を見ようと思ってな」

「そっか! 待っててくれたんだね。じゃあ見よう!」

「これだ」


 千尋は萌に巻物を掲げて見せる。


「……? 掛け軸?」


 妹から言われて初めて、巻物というより掛け軸だな、と思った千尋。


 余談だが、巻物は掛け軸より古くからある書物のことである。いずれにせよ見た目は似たようなものだ。


「刮目せよ。今から開く」


 巻物を閉じてある紐を解いて、内側を萌に向けて開く。


「お姉ちゃん!? なんか出て来たよ!?」


 期待通りのリアクションが取れて内心ほくそ笑む千尋であった。


「な、なんか穴みたいになった!」

「うむ。中に手を入れてみるのだ」

「……大丈夫なの? 危なくない?」

「危険はない。この中に、氏神様が萌の装備を用意して下さっている筈だ」

「うじがみさま?」

「……今は気にするな。さあ、何が入っているか確かめよう」


 氏神の説明をすると長くなりそうだったので先を促した。


「う、うん……わっ! 何かあるよ、お姉ちゃん!」

「それを引っ張り出すのだ」

「んっ、結構大きいかも」

「手伝いが必要か?」

「ううん、軽いから大丈夫そう」


 そう言いながら、萌は巻物の穴から次々と品物を取り出す。籠手が一組。脛当ても一組。千尋のと同じ編み上げブーツ。膝下丈のジレのような上衣。


(全て防具、か……?)


 一瞬そう思った千尋だが、籠手と脛当てをよく見るとそうではない事が分かった。


 籠手は肘から拳までを覆うタイプで、外側が金属のようなもの、内側は伸縮性のある布のような素材。拳部分は、握ると3センチくらいの突起が3本出てくる。これで殴ればかなりの攻撃力だろう。また肘の部分には15センチくらいの鋭い突起がある。これも武器っぽい。


 脛当ては足首の上から膝の上まで。籠手と同じように内と外で材質が異なる。膝部分には肘と同じような突起があった。全て動きを阻害しないよう、また突起で自分を傷付けないよう計算された配置と角度になっている。


 ジレはボタンで前を留められるようになっている。袖なしのコートと言った方が良いかも知れない。千尋のコートと同じように、温度調節機能も付いた優れた防具のようだ。


 萌が同級生と上級生を素手でボコったエピソードを話したからだろうか。氏神様は萌のメイン・ウェポンを「拳」と認識したらしい。あながち間違いではない。


 そして、色は全て黒。千尋とお揃いである。


「萌、全部着けてみるか?」

「うん!」


 全ての装備が、不思議なほど萌の体にぴったりだった。そして所々トゲトゲしているのが世紀末感を醸し出している。全身黒だし、すごく悪役っぽい。


(…………私より魔王っぽくない?)


「お姉ちゃん、どう!?」

「うむ。かっこよくて、すごく強そうだ」

「お姉ちゃんの語彙力がっ!?」


 魔王の座を妹に奪われることを想像したら語彙力が低下していた。


 千尋にとってはちょっとトラウマになりそうな事があったものの、無事萌の装備を手に入れたのだった。

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