第13話 本庄家の仲良し姉妹

 1層のモンスターから得られる経験値は隠し部屋を除いて全て100。萌には早々にレベルを10まで上げてもらいたい。レベル10までに必要な経験値は55000。つまり1層のモンスターを550体倒す必要がある。


 自分がレベル1から5くらいの時、1時間でだいたい12~14体倒す事が出来た。ダンジョン内で5時間(外の時間で1時間)モンスターを狩れば、1日に60~70体。つまり10日もあれば萌のレベルを10まで上げる事は十分可能だ。


 千尋はこのように考えていたが、それは間違いだった。


「うりゃあああああ!」


 モンスターが固まっている所にガンガン飛び込む萌。多少の被弾は覚悟の上で殲滅速度を重視した戦い方であるが、1体を確実に一撃で倒していく。拳で、肘で、膝で、縦横無尽に攻撃を繰り出している。型などない。「萌流」とでも言うべきだろうか。空手ともキックボクシングとも違う、状況に応じて変化する攻撃。萌が危ない時はサポートしようと構えていた千尋であったが、その必要は全くなさそうだった。


 最初の1時間で、萌は26体のモンスターを倒した。


(すげぇこいつ)


 そこに修羅がいた。鬼神のごとく、というのは萌のためにある言葉だった。血に飢えた野獣のようであり、一方で冷静に戦況を見極める事が出来る。まるで戦うために生まれて来たかのようだった。


 念の為繰り返すが、萌は小5女子である。千尋の中で小5女子に対するイメージが轟音を立てて崩壊した。


(可愛いのに強いなんて何なの最強かよ)


「ふい~、ちょっと休憩」


 直前まで修羅の如くモンスターを屠っていた萌が、トテトテと千尋の近くまで来てその場に座り込んだ。


「うむ、少し休め。その間は我が周りを見ている」


 とは言え近くのモンスターは萌が殲滅してしまったので、千尋は暇だった。


「よっしゃ、次行ってみよー!」


 10分ほど休憩すると萌は立ち上がり、モンスターを求めて駆け出そうとする。


「我が先導する。ついて来るがいい」


 マップが頭に入っている千尋は、モンスターが多そうな場所に萌をいざなう。そしてまた蹂躙劇が始まる。


 そんな事を繰り返し、結局この日はダンジョン内で6時間を過ごし、萌は合計138体のモンスターを倒した。さすがに後半は少し疲れが見えたが。今日だけで萌のレベルは4に上がった。


 ちなみに千尋は最初の奴を含めて11体倒しただけ。ほぼ出番なしであった。





「萌、今日の戦いはどうであったか?」

「うーん、ちょっと雑だったかも。無駄に力が入って疲れちゃった」

「確かに最後の方は動きが鈍っていたな。だがレベルも上がった事だし、次からはもう少し楽になる筈だ」

「私もそんな気がする。毎回全力じゃなくて、ちょうど倒せる力の入れ具合を見極めたいかな」

「その心掛けは素晴らしいぞ」

「ほんと?」

「うむ!」


 千尋は無意識に萌の頭を撫でた。萌は最初びっくりしたようだが、されるがままになっている。


「む? 子供扱いしてしまったな。済まない」

「ううん! お姉ちゃんが頭撫でてくれたの久しぶりだなーって思ったの」

「そうだったか?」

「うん。お姉ちゃんに撫でられるの好きだから。もっと撫でて」


(妹が我を萌え死にさせようとする件について)


 千尋は萌が見ていないのを良い事に、口元をだらしなく緩ませながら妹の頭を思う存分撫でた。魔王キャラはどこ行った。


「お姉ちゃん、明日も一緒にダンジョン行っていい?」

「疲れは大丈夫か? 怪我もしていないか?」

「全然平気! 早くレベル上げて、お姉ちゃんと2層に行きたい」


 今日と同じペースなら、あと3~4日で萌のレベルは10に達するだろう。


「そうだな! だが夏休みの宿題もしっかりやらねば駄目だぞ?」

「は~い…………ねえ、お姉ちゃん。宿題、ダンジョンの中でやれば良くない? 時間の流れが5分の1なんでしょ?」

「……天才かっ!?」


 ダンジョンの中で1時間宿題をやっても、外では12分しか経過しない。


「これはっ! ビジネスの匂いがするっ!」


 ダンジョンに安全な場所を作り、勉強する時間を確保したい受験生に提供する。

 睡眠不足のサラリーマンに睡眠時間を提供する。

 趣味に没頭する時間を提供したっていい。


 時間は万人に平等に与えられており、有限である。だが千尋のダンジョンを使えば、時間を5倍に引き延ばせるのだ。これはビジネスチャンスではないか?


「お姉ちゃん、悪い顔してる」

「儲けのネタが思い浮かんだのだ。萌、儲けは折半といこうではないか」

「お主もワルよのう」

「へっへっへ、何を仰いますか、お代官様」


 しばらく小芝居を続けた姉妹は、取り敢えず今日の分の宿題に取り掛かるのだった。





 翌日から、萌の案を採用してダンジョンで夏休みの宿題をやってみる事にした。足を折り畳める卓袱台と座布団を持って行く。


「これ、なかなかの荷物になっちゃうね」

「うむ、だが仕方ない」

「うーん……あの巻物に入らないかな?」

「どうだろう、さすがに入口が狭いから入らんのではないか」


 巻物を広げて卓袱台を近付けると、穴が巻物より大きく広がった。


「……入ったよ、お姉ちゃん」

「うむ、入ったな」


 座布団も普通に入った。


「これは……所謂マジックバッグ代わりになるのか? とんでもないものを頂いた気がする」

「便利だねーお姉ちゃん!」


 ダンジョンでは、1層の出入り口付近に卓袱台と座布団をセット。これまで最初の通路でモンスターと遭遇した事がないし、この場所なら前後から挟撃される事がないと考えたのだ。


 1時間ずつ交代で宿題に取り組む。片方は周囲を警戒する役目だ。最初は萌に宿題をやってもらい、千尋はモンスターを倒す側に回った。


(この辺にはモンスターが全然来ないな)


 1時間もの間、萌が宿題をやっている通路までは全くモンスターが来ない。暇過ぎて少し先まで行って何体かモンスターを狩った。そして1時間後に交代。萌も待っているだけでは暇過ぎたようで、かなり先まで行ってモンスターを倒しまくっていた。


「お姉ちゃん、この場所だったら二人一緒に宿題しても良さそうじゃない?」

「うむ、我もそう考えていた」


 卓袱台は二人でノートを広げられるくらいの大きさがある。モンスターが来ないなら一緒に宿題をやった方が効率が良い。


「明日からはそうしてみよう」

「そうだね!」

「ではレベル上げと行こうか」


 そうやってダンジョンで宿題とレベル上げをすること3日。初日を含めて4日目、遂に萌のレベルが10になった。


====================

本庄萌 女 11

Lv10

経験値:57300/88000

種族:人

属性:―

HP:119(+73)

MP:104(+64)

STR(腕力):47(+29)

DEF(防御):39(+24)

AGI(敏捷):36(+22)

DEX(器用):41(+25)

INT(知力):34(+21)

LUC(運):29(+18)

スキル:なし

EXスキル:怒髪天衝

====================

■収支:+28万8500円+?

※収支は千尋と萌の合計です。

※「?」はイレギュラーのマグリスタルです。


 千尋はまだレベル14から上がっていない。そして、レベル差が4あるのに、STRとDEFは萌の方が大きく上回った。ちなみに千尋のSTRは34、DEFは30である。


「よし、明日から2層に行ってみよう」

「いよいよだね! どんなモンスターがいるかなー?」


 夏休み5日目。姉妹は1層の出入り口付近で宿題を済ませてから2層へと向かった。2層へと降りる階段は1層の一番奥、北東の角にある。最短ルートで道中のモンスターを殆ど無視すれば25分程で到着した。


 2層も1層と同じような洞窟タイプ。だが出現するモンスターは1層より確実に強くなる。獲得出来る経験値は200~300、マグリスタルも経験値と同額だ。


 幅5メートルほどある通路を少し進むといきなり丁字路に突き当たった。1層の時と同じように右側から攻める。


「ドドドッドドドッ」


 すると前方から重量のある動物の足音が聞こえて来た。


「お姉ちゃん!」

「我が前に出る」

「ヴモォォオオオオオ!」


 商用バンくらいある巨大な黒牛が猛烈な勢いで迫って来た。頭には鋭く尖った角。目は赤く爛々と光っている。体中血管が浮き出ており、筋肉の塊のようだ。


 千尋は刀を抜きながら前方に躍り出た。突っ込んで来る牛の正面に真っ直ぐ進む。牛は頭を下げて千尋の体に角を突き立てるつもりだ。両者が激突する寸前、千尋は右側に跳びながら刀を横に一閃した。牛は左側面を大きく斬り裂かれ、10メートルほど進んだ所で青みがかった紫の靄に変わった。カツンと音を立てて同じ色のマグリスタルが地面に落ちて転がる。それは萌の爪先に当たって止まった。


「お姉ちゃん! かっこいいっ!!」

「ふむ。他愛ない敵だったな」


 千尋は血の付いていない刀を血振りして鞘に納め、ドヤ顔をキメた。

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