第6話 このダンジョン、何かおかしい
急傾斜の坂を下ると、試練の時に似た洞窟だった。ただし松明はなく、代わりに壁や天井が薄っすらと光っている。
試練では、どういう仕組みか分からないが命までは取られないシステムになっていた。事実千切れた腕やボロボロになった制服が全て元通りになった。しかし、これからは違うだろう。怪我はするし、下手をすれば命だって落とす。
(1時間で何体のモンスターを狩れるかな?)
危険を承知の上で、千尋は効率の事を考えていた。自らのレベルを上げ、このダンジョンを攻略するのにどれくらい時間がかかるか。
そもそもこのダンジョンが何層あるかも分からない。ネットで調べられる情報については、ここ3年近くでかなり調べた。それによれば、ダンジョンは通常多層構造になっており、小規模なもので概ね10層程度。大規模なものだと100層を超える。下層に行くほどモンスターは強大になり、それに連れて得られる経験値とマグリスタルの価値も上がる。
昨日の試練で倒したゴブリンは最も弱い部類のモンスターで、得られる経験値は100、マグリスタルの買い取り価格も1個100円である。ゴブリンをちまちま狩っていても効率が悪いが、レベルが上がるまでは仕方がない。命あっての物種。魔王ムーブがマイ・トレンドの千尋であるが、言動とは裏腹にその考え方は堅実路線であった。
まずはレベル上げ。それに尽きる。
千尋はスマホを取り出し、タイマーを1時間で設定した。ダンジョン内に電波は届かないが、スマホの機能自体は使える。タイマーや写真・動画撮影などは可能だ。
洞窟を少し進むと、いきなり丁字路に突き当たった。内部は迷路のようになっているかも知れない。今後、分岐があったら全て「右」に行くと決めた。
丁字路を右に曲がると、道は左カーブを描いている。先の方から、サッサッと擦るような足音が聞こえた。左腰に刺した刀の柄に右手を添え、いつでも抜けるよう身構える。
現れたのは、真っ黒なラグビーボールのような物体に、木のような色の手足がついたモンスター。上から3分の1くらいの所に切れ目があり、口のように上下に動いている。開いた時に見えるのは、縁に沿って鋸状に並んだ茶色く尖った物。その奥は緑色をしていた。
それはまるで――
「キウイフルーツ? いや、アボカドかっ!」
昨日戦ったゴブリンが出て来ると思っていたのに……。今まで調べた情報の中に、キウイだかアボカドだかに似たモンスターの情報なんて一つもなかった。どんな攻撃をしてくるのか予測がつかない。
と思っていると、そのアボカド(仮)が何かを投げつけて来た。咄嗟に剣を抜いて弾く。
「キンッ!」
昨日の鯖に比べれば、速度は遅く重さもない。子供のキャッチボールのように放物線を描きながらこちらに飛んで来る黒い物体を易々と斬り捨てる事が出来た。
「これは……種! やはりアボカドか」
次々と投げつけられる種を避け、或いは刀で弾きながら本体に詰め寄る。近くで見ると、口のような切れ込みの上には真っ黒な目らしきものが一組付いていた。迷わず胴の真ん中を横に一閃する。まるでバターを切るかのように一切抵抗を感じずに上下に両断出来た。森のバターと言われるだけはある。これが本当にアボカドなら真ん中に種がある筈だが。
靄に変わる前に一瞬だけ断面が見えたが、やはり種はあったようだ。靄の色はゴブリンと同じ赤紫。地面に落ちたマグリスタルも同じ色だった。
さらに先に進むと左に脇道がある。取り敢えず無視して真っ直ぐ進みながら更に3体のアボカドモドキを倒す。
種が何発か体に当たったが、ダメージどころか痛みも感じなかった。攻撃がよほど弱いのか、氏神からの贈り物である黒いコートの防御力が高いのか判断がつかないところだ。
2つ目の左の脇道を過ぎたころ、前後をモンスターに挟まれたことに気付く。前にアボカドモドキが2体。後ろからは初見のモンスター。濃い緑色をした何かだが、頭が大きく脚が極端に短い。まるで木が動いているような――
「トレント? いや違う、ブロッコリーだっ! 何なのだ、このダンジョンは!?」
先にアボカドモドキに迫り、2体をまとめて切り裂く。後ろから何かをポコポコと投げつけられるが、足元に落ちたのは普通サイズのブロッコリーだった。
アボカドとブロッコリーから挟み撃ちされるなど夢にも思わなかった。なんだか無性にサラダが食べたくなってきた。
振り返ってブロッコリーモドキに迫る。ブロッコリーなら茎に当たる胴体の中ほどには、先端に房を持つ腕(枝?)が4本。それを千尋に向かって振り回してきた。刀でそれを受けると、あっさり腕が斬り飛ばされる。4本の腕をあっという間に斬り落とし、胴体を一閃。ブロッコリーモドキは上下に両断され、赤紫の靄と化した。
出現するモンスターの異様さに大きな疑問を感じながらも、体感で30分ほど経過したので戻る事にする。
帰り道で出会ったアボカドモドキは、種の他にアボカドそのものも投げつけてきた。それは本体を倒してもそのまま残ったので一応拾っていく。ブロッコリーモドキが投げつけて来るブロッコリーも同様だった。
来た時に下った急傾斜の坂を上る頃には、両手で抱えきれない程のアボカドとブロッコリーが集まった。
(コレ、食べれるのか?)
坂を登り切り、このダンジョンの入口である大岩の穴、所謂セーフティゾーンに辿り着く。
「やあ千尋ちゃん」
「うじ……うーちゃん様」
「大収穫だね!」
千尋は両腕に抱えたアボカドとブロッコリーに目を落とす。
「コレ、やっぱり食べられるのでしょうか?」
「食べられるよ! しかも美味しいんだ」
そんな予感はしていた。美味しく食べられるらしい。この状況が続くなら、次からは買い物用の大きなバッグを持って来た方が良いかも知れない。だがしかし――
「このダンジョン、何か変だと思ってるよね?」
うーちゃんに心を見透かされた。
「……はい」
「ダンジョンっていうのはね、仮所有者の心のあり方や願いを色濃く映すものなんだ」
現代人には、ダンジョンとはこういうものだ、というイメージがある。そこに出現するモンスターはそのイメージを投影した姿。ファンタジー作品が溢れる現代ではモンスターの姿を想像するのも容易く、アニメ等の影響でイメージの共有化も図られている。だから、どのダンジョンでも出現モンスターは似たような姿になるのだそうだ。
「私も似たようなものだと思いますが」
「うん。だけど千尋ちゃんの場合、ダンジョンに求めるものが根本的に違う」
「根本的に」
「そう。千尋ちゃんは戦闘狂みたいにモンスターと戦いたいって思ってない。強くなりながらお金を稼ぎたいって考えてるけど、それは利己的な理由じゃなく、お母さんと妹さんのため」
「まぁそうですけど」
「アボカドとブロッコリー。お母さんか妹さん、どちらかが好きなんじゃない?」
確かに。妹の萌はアボカドが好きだし、母はブロッコリーが好きだ。
「つまり母と妹に食べさせたいという思いが投影された、と?」
「その通り! それだけ千尋ちゃんの二人への想いが純粋で強いってことだね」
「なるほど」
「でも気を付けて。姿形はアレだけど弱い訳じゃないから。それに好物ばかりじゃなく、苦手なものも投影される。二人の代わりに倒すべき対象として、ね」
「分かりました」
「あと、ダンジョンが自ら生み出したモンスターが必ずいるから。昨日のハーヴグーヴァみたいに」
「はい……あの、うーちゃん様は何でそんなにダンジョンに詳しいのですか?」
「ああ、それはボクがこのダンジョンのコアだから」
「…………はいっ!?」
え、氏神様がダンジョンコア? ダンジョンコアが氏神様? 他のダンジョンも同じなの?
「まぁ、つい最近ダンジョンコアになった、っていう方が近いかな。氏神と名乗ったのは、その方が分かりやすいから。他のダンジョンのコアも似たり寄ったりだよ」
「そうなんです、か……」
理解が追い付かない千尋は曖昧な返事を返す。
「あっ、それと千尋ちゃん。時間を確認してごらん?」
千尋は言われるがままスマホの時計を確認する。16:13。ダンジョンに入ってから13分しか経っていない。そんな事はあり得ない。中で1時間前後は過ごした筈だ。
「ダンジョンの中では、時間の経過が5分の1くらいになるから。これならあまり時間に縛られずにレベル上げ出来るでしょ?」
「はい……はい、そうですね! これも私の願いが作用してるのですか?」
「これはねー、ボクからの贈り物だよ!」
「そうなんですね……あっ、そうだ! 刀とか、色々と頂いてありがとうございます」
千尋はうーちゃんに向かって深々と頭を下げた。
「いいっていいって! 千尋ちゃんの覚悟をしっかり見せて貰ったからね」
「それと、母が鯖にもお礼を、と……」
「あれは千尋ちゃんがやっつけたヤツだから! 礼には及ばないよ」
「それでも、ありがとうございます。今日のコレも」
アボカドとブロッコリーを示しながら、千尋は再度頭を下げた。
「うんうん! このダンジョンが千尋ちゃんの役に立てば嬉しいよ!」
それから少し話をしてから、千尋はもう一度ダンジョンに潜った。まだ時間はあるし、内部では時間経過が5分の1になるなら、50分で4時間以上レベル上げが出来る事になる。
この日、千尋は時間ぎりぎりまでモンスター(アボカドモドキとブロッコリーモドキ)を倒しまくった。その数、実に70体。経験値の累計は8200に達し、レベルは3に上がった。
あと、山盛りのアボカドとブロッコリーが手に入った。
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