第5話 千尋、同級生に絡まれる

 翌朝。いつもより少し早く家を出た千尋は、学校に行く前に神社へ寄り道した。


(氏神様……うーちゃん様、昨日はありがとうございました)


 祠の前に、母が握ってくれたおにぎりをお供えする。昨夜の焼サバの身をほぐして具にしたおにぎりである。ラップに包んだそれを、近くに落ちていた葉っぱを皿にしてお供えした。


 そのまま登校して「2年3組」の自分の席に座る。生徒は6割くらい既に登校し、あちこちで友達同士のお喋りに興じていた。


 千尋の席の対角線上にある離れた席から、睨みつけるような鋭い視線を飛ばす男子がいた。大神哲也である。


 私が先に見付けたダンジョンを力づくで奪おうとした同級生。彼とその兄が受けた試練がどのようなものだったのか私には分からない。だけど私が仮所有者になったという事は、彼らは試練をこなすことが出来ず、ダンジョンに認められなかったということ。それは私の責任ではない。睨まれる筋合いはない。


「ちょっと、本庄さん? あんた大神君が見付けたダンジョンを横取りしたんだって?」


 大神哲也は金持ちの息子で羽振りが良く、運動神経も良いし顔もそこそこ良い。だから常に取り巻きに囲まれている。そのうちの一人、田島葵たじまあおいが千尋に難癖を付けてきた。


「…………」

「ちょっと聞いてんの!? いくらあんたん家が貧乏だからって人の物を盗るなんて最低でしょーが!」

「そうだぜ本庄。お前最低だな!」


 別の取り巻き、倉崎卓也くらさきたくやも葵に追従した。


 この二人が大神の肩を持つのは分からないでもない。いつも大神の金で遊び、飲み食いをしている。大神の機嫌を取ることでいい思いをしているのだから。いわば大神の「犬」である。犬が主人の為に吠えるのはある意味当然のことだ。


 千尋は「ガタッ!」と音を立てて立ち上がった。


「なによあんたっ!」

「やんのかてめぇ!」

「……真実が見えなくて当然か。所詮は犬」


 ボソッと呟いた千尋の声を、葵と卓也は聞き逃さなかった。


「なんですって!?」

「はあーっ!?」


 キャンキャン吠える二人を無視し、千尋はズンズンと大神の席に向かい、仁王立ちになって見下ろした。


「なんだクソ女」

「言いたい事があるなら直接言うがいい」

「んだとてめぇー!」


 大神が拳を握りながら立ち上がる。20センチほど身長が高いので、今度は千尋が見上げる側になる。傍から見れば、大神が千尋をイジメているようにしか見えない。


「私が仮所有者になったという事は、お前達は試練を突破出来なかったという事。違うか?」

「は? そもそもお前が素直に譲れば――」

(試練? 試練って何?)

(おい、今大神の奴『譲れば』って言わなかった?)

(って事は、先にダンジョンを見付けたのは本庄さん?)


 クラスに騒めきが広がる。大神は墓穴を掘った。大神の言葉がクラスに浸透するのを待って、千尋が言葉を続ける。


「潔く負けを認める方が男らしいぞ」

「負け? 誰が誰に負けたっつーんだよ! そもそもお前がダンジョンを手に入れても活かせねーだろーが! この貧乏クソ女がっ!」


 大神が興奮して叫ぶ。大きな声を出せば相手を威圧出来るとでも思っているのだろうか? 自分が墓穴を掘り下げている事にも気付いていない。こんなバカを相手にしていても時間の無駄だ。


「バカだと思っていたが本物の愚か者だな。私は貧乏だが、それを恥じていない。お前は自分が金持ちだと思っているだろうが、自分の力で金を稼いだ事があるのか?」

「な、な、な」


 大神は怒りのあまり言葉が出ないようだ。


「親の力を自分の力と勘違いするようでは将来が心配だな。私には関係ないが」

「てめぇぇえええ!」


 大神は千尋の襟を掴み、右拳を振り上げた。その時、千尋の瞳に赤い光が宿り、立ち昇る炎のように揺らめいた。千尋から放たれる雰囲気に大神が圧倒され、拳を振り上げたまま止まる。


「どうした? 殴らんのか」

「ちっ!」


 掴んだ襟を離し、苦し紛れに舌打ちする大神。背が小さく、華奢な千尋が物怖じ一つしない様子と、言い負かされたように見える大神の姿は、クラスの殆どがその一部始終を目撃した。軍配は完全に千尋に上がっていた。


「サバ以下だな、お前は」


 謎の捨て台詞を残し、千尋は自分の席に戻った。


「千尋ちゃん、千尋ちゃん! 何があったの?」


 クラスで唯一、千尋に対して普通に接する隣席の女子、相馬智花そうまともかが目をキラキラさせながら尋ねてきた。どうやら遅れて来たようで最後の方しか見ていなかったらしい。


「何でもない。子供同士の戯れだ」


 クラスで1、2を争うチビッ子である千尋が「子供同士」なんて言うのが可笑しくて、智花はケラケラと笑った。


「あはは、千尋ちゃんブレないねー!」

「通常運転だ」

「ところで、『サバ以下』ってどういう意味?」

「…………気にするな。言葉の綾だ」


 その後はサバ以下男子や取り巻き犬に絡まれる事もなく、普通に授業を受けた。放課後を迎えた千尋はいそいそと神社に向かう。


 朝お供えしたおにぎりはなくなっていた。うーちゃん様が召し上がったのか、動物が持ち去ったのか……。祠に向かって二礼二拍手一礼し、再び氏神様に感謝の気持ちを捧げる。


 祠の左奥には、昨日と同じように大岩が鎮座し、右側面にはやはり大穴が開いていた。


 千尋はほっと胸を撫で下ろした。突然出現したダンジョンは、同じように突然消えてしまうのではないかと心配だったのだ。だがダンジョンは依然としてそこにあった。まるで大昔からそこにあるかのように。


 時刻は16時。千尋は1時間だけダンジョンに潜ってみようと決めた。


 穴に入って大急ぎで着替える。スカートを履いたまま学校指定のジャージのズボンを着てスカートを脱ぐ。半袖の制服を脱ぎ、同じく体操服を着た。左胸に「2-3 本庄」と書かれた布が縫い付けられている。


 鞄から巻物を取り出して広げ、穴から装備を取り出す。ブーツに履き替え、指なしグローブを嵌め、コートに袖を通す。この季節に革っぽいコートなんて着たら熱中症になるのではと思ったが、袖を通すと逆に涼しく感じる。温度調節機能が付いているようだ。


 コートには刀を差すための金具が付いていた。鞘の鍔に近い部分にある金具とオスメスになっており、ピッタリと嵌る。


 準備が整ったので、一度ステータスを確認する。昨日はバタバタしていてちゃんと確認出来なかったのだ。主にサバのせいで。


(ステータス、表示)


 そう念じると、千尋の目の前に青く光る薄い板が表れた。


====================

本庄千尋 女 14

Lv1

経験値:1200/3000

種族:人

属性:―

HP:55(+5)

MP:66(+6)

STR(腕力):10(+1)

DEF(防御):9(+1)

AGI(敏捷):13(+1)

DEX(器用):18(+2)

INT(知力):17(+2)

LUC(運):15(+1)

スキル:なし

EXスキル:魔王礼賛

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■収支:+1200円


※経験値は左が現在の値、右がレベルアップに必要な値

※()は前回のステータス表示時からの上昇値

※■収支は実際のステータス画面には表示されません。


 レベルが1になって「経験値」が表示されるようになった。さらにEXスキルをタップ出来るようになっている。数値の上昇はたいした事なかったので、千尋はEXスキルをタップしてみた。


====================

EXスキル:魔王礼賛

魔王のように振舞えるスキル。

Lv1:目が赤く光る。妖しくてかっこいい。

====================


「…………かっこいい、確かに」


 説明が大雑把過ぎて何も分からなかった。魔王みたいに振舞えたとして一体どうなるんだろう? どういう時に目が赤く光る? もしかして常に光ってる? その効果は?


「レベルが上がれば詳細が分かるのかも知れない」


 「経験値」という項目が増えたように、レベルに応じて次第に明かされる仕組みの可能性がある。って言うか、そうであってくれ。常に目が赤く光ってたらちょっとヤバいし。


 今はあれこれ考えても答えが出なさそうなので、まずはレベルを上げる事を考える。


 そう割り切って、千尋は穴の奥、斜め下に向かって下って行った。

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