第3話 氏神様と会ったよ!

 試練を課された3人のうち2人が仮所有権を放棄したところで、自ずと仮所有権は千尋のものとなった。


『本庄千尋が本ダンジョンの仮所有者と認定されました。以降、本庄千尋の許可なく本ダンジョンに侵入した生物には制裁が科されます』


 無機質な女性の声に千尋が問う。


「あのー、まだ試練を続ける事って可能でしょうか?」


 ここまでに千尋は12体のゴブリンを倒し、レベルが0から1に上がっていた。初めはおっかなびっくりだったのだが、だんだんと楽しくなってきていた。千尋はダンジョンを楽しんでいたのである。


『……試練の続行は可能です。続行を希望しますか?』


 再び千尋の前に是非を問う青い板が現れ、迷いなく「YES」をタップした。


『試練を続行します。この後の試練に失敗しても仮所有権は失いません』


 それは有難い。見えない誰かに向かって、千尋は深く頭を下げた。


 相変わらず右に左に曲がる洞窟の道だが、分岐点はなく一本道。松明の明かりを頼りにズンズン先に進む千尋。しかし試練続行となってからゴブリンが出現しなくなった。


(むぅ。試練続行の意味とは? ……いや、新たな敵が出現するやも知れぬ)


 下がりそうなテンションを無理矢理上げながら進むと、やがて広い場所に出た。


 野球場くらいありそうな円形の広場。天井もこれまでに比べて遥かに高い。そこから淡い光が注ぎ、広場全体が見渡せる。


 千尋が「ほえー」と辺りを見回していると、ふいに声を掛けられた。


「やあ千尋ちゃん」


 ビクッとして声がした方を向くと、白髪の少年が立っていた。神職のような白い衣に金色の袴。真っ白な足袋。金色の瞳には面白がっているような色が浮かび、事実桜色の唇の端が分かりやすく上がっていた。


「あ、あの……初めまして、本庄千尋と申します」


 千尋は少年に向かってペコリと頭を下げた。


「これはご丁寧にどうも。ボクは氏神。気軽に『うーちゃん』って呼んで欲しいな!」

「氏神様?」

「うーちゃんね」

「う、うーちゃん……様」

「ま、いっか。ねぇねぇ、君にはボクはどんな風に見えてるの?」

「えーと、ショ……幼くて可愛らしい少年のお姿と拝見しております」

「へー、そうなんだね! ボクたち神ってさぁ、人間の理解の範疇を超えてるから本当の姿を晒せないんだ。それで、見る者が望む姿に見えるようになってるんだよ」


 ショタ好きではないと思っていたが、心の奥深くにそのような趣味があるのかも知れない……。千尋は隠れた自分の性癖に少し慄いた。


「お、お気遣い感謝します、うーちゃん様」

「あはっ、ブレないね、千尋ちゃんは」

「ありがとうございます……それで、何か御用があってお姿をお見せ下さったのでは?」

「あー、そうそう! 千尋ちゃんに聞いてみたい事があったんだ」

「?」

「あの3人の中で、千尋ちゃんは一番小さくて弱かった。なのに一番このダンジョンを欲しがってた。その理由を聞いてもいい?」

「私がダンジョンを求めているのは、富と強さの為です」

「富と強さ?」

「はい。私の家は貧乏で……母が一人で私と妹のために一生懸命働いてくれています。私は母と妹にいい暮らしをさせたいんです。それと、家族を守れる強さも手に入れたいんです」

「ふむ」


 うーちゃんこと氏神は顎に手を当てて頷き、じーっと千尋の目を見る。居心地の悪さを感じて千尋はもじもじした。


「あまりに綺麗事だったからちょっと心を覗かせてもらっちゃった。ごめんね? でも千尋ちゃんの心はびっくりするくらい嘘がないね」

「っ!? そ、そんなことは……EXスキルは『魔王礼賛』ですし……」

「あはは! ボク、それ見て笑っちゃったよ!」

「…………」

「おっと、ごめんごめん。千尋ちゃんは別に『魔王』になって悪い事をしたい訳じゃないんでしょ?」

「……はい、もちろん」

「魔王っぽい話し方とか、身振りとか、そういうのが気に入ってるだけだよね?」


 そんな風に言われてしまったら身も蓋もないではないか。千尋がジト目でうーちゃんを見つめる。


「あ、あはは……悪気はないんだ、ごめんね」

「……はい」

「まぁ、そもそも魔王なんていないしね、

「そ、そうですね」

「うん。ねぇ千尋ちゃん、これからも偶にで良いからボクとこんな風にお話してくれる?」


 氏神様……寂しがり屋なのかな? って言うか、友達いないのかな。まぁ話すくらい別に構わないけど。


「はい、お話するのは全然構いません」

「ほんと!? ありがとう。じゃあ、勝手に心を覗いたお詫びと、これからの千尋ちゃんを応援する意味で、ボクから贈り物をあげるね」

「いや、そういうのは結構です」

「まさかのお断り!?」

「タダより高い物はないって、お母さんから口酸っぱく言われてますので」

「いやいやいや、そこは大丈夫。ちゃんと最後の試練を受けてもらうから」

「試練、ですか?」

「そうそう。今の千尋ちゃんでは逆立ちしても勝てない相手。それにどう立ち向かうか、千尋ちゃんの覚悟を見せて欲しい」

「覚悟……」

「うん。死なないけど痛いから気を付けてね?」


 死なないけど痛いって……怖っ。氏神様の軽薄な感じが余計に怖い。


「今から召喚するのは『ハーヴグーヴァ』っていう魔獣。でっかい水棲モンスターだと思えばいいからねー」


 水棲モンスター!? ここ水ないよ?


「地上での活動限界は15分。さあ本庄千尋、我に汝の覚悟を示せ」


 氏神が突然口調を変えたと思ったらその姿が消え、代わりに広場の地面に見た事のない文字と記号が光って浮かび、巨大な円陣を成す。青白い光が広場一杯に広がって目が眩みそうになり、千尋は思わず手で両目を覆った。


 光が少し収まったので手をどけてみると、空中に大きな水の球が現れていた。その中で、何やら黒っぽくて巨大なモノが蠢いている。そして水球がパーンと弾け霧状になって消えた。


 そこに立っていたのは、体長3メートル以上ある巨大な――


「サバっ!? なんでサバっ!?」


 鯖だった。ただし体表と同じ質感の太い手足が生え、魚にあるまじき角度で顔が正面を向いている。鯖が無理やり腹筋をしているかのようである。


 少し開いた口にはナイフのような牙が並び、黒々とした両目からは感情が窺えないものの、確実に千尋の姿を捉えていた。そして両手に剣を持っている。


(待って! あれ剣じゃない……太刀魚?)


 天井から降り注ぐ光をキラキラ反射する直立した太刀魚。いや、剣として持っているのなら「魚太刀」と言うべきか。


(どっちでもいいっ)


 千尋は頭を振って目の前の現実を受け入れようとした。状況はまるで冗談のようなのに、手足のある巨大な鯖からは明確な殺意が放たれている。


 中二病真っ只中で「魔王ムーブ」がマイ・トレンドの千尋でもなかなか頭が追い付かない。


「キッシャァァァアアアアア!」


 鯖、もといハーヴグーヴァが甲高い奇声を発した。その声に千尋の生存本能が覚醒する。やらなければやられる。学生鞄を投げ捨て、両手で木刀を構え、左足を前、右足を後ろに引いて腰を落とす。次の瞬間ハーヴグーヴァの体の前に八つの青く光る魔法陣が出現した。


『千尋ちゃん、避けないとめっちゃ痛いよ?』


 頭の中にうーちゃん(氏神)の声が届いた。そして魔法陣から一斉に鋭い何かがかなりの速さで射出される。


「ぐぅっ!」


 千尋は自分目掛けて飛んでくる鋭い物体を必死になって木刀で弾く。短く切った木刀ではカバー出来る範囲が狭い。二の腕や太ももに掠り鮮血が飛び散る。そして今も、千尋の左頬を掠めた。刃物で切られたような、一筋の赤い線が現れる。そこからゆっくりと血が流れ落ちた。


(何だ今のは!? ちょっと生臭い!)


 飛んで来るものがなくなったのでふと足元を見る。自分が木刀で弾いたものがそこに落ちていた。地面でピチピチしている。


(サバーっ!?)


 それは30センチくらいの、丸々と太った鮮度抜群の鯖だった。

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