第2話 試練を受けよう!

 洞窟は多少カーブしているものの一本道。松明のおかげで遠くまで見通せる。


(試練というからには、このダンジョンに所有者として認められる必要がある)


 千尋は「試練」の意味を的確に把握していた。


 ダンジョンを投資の対象、金になるものと考えているのはあくまで人間の都合。ダンジョン、或いはダンジョンを作った存在は、別の意図を持っているのではないか。30年前から世界中の学者が議論を続け、未だ結論には達していないが、千尋は「ダンジョンには意志がある」という説が気に入っていた。


 探索者マイナーにはレベルがある。ダンジョンでモンスターを倒すとレベルが上がる。端的に言うと生物として強くなる。


 ダンジョンとは、人類が強くなるために何者かが授けてくれた贈り物ギフトではないか。その何者かは、来るべき危機に備えて人類に強くなるよう訴えかけているのではないか。


 今のところ明確な危機は存在しない。しかし千尋はこの説を支持している。お金を稼ぎながら家族を守る強さを手に入れられるなんて最高ではないか。


 だがしかし。今はこの試練に集中せねば。


 千尋がゆっくりと歩を進めていると、前方から何かが向かって来る気配を感じた。立ち止まって目を凝らす。


「ギョフゥ」

「ギョワッ」


 向こうもこちらに気付いたようで、物凄い勢いで走って来る。


 暗い緑色の肌、130cmくらいの背丈。耳が尖り頭髪はない。黄色い眼球に蛇のような黒く縦長の光彩、鷲鼻と両耳に届きそうな口。そこに並ぶ鋭い牙。普通に生活していたら出逢う事のない異形のモンスターが2体、棍棒を振り上げながら千尋に向かって迫って来た。


 震える脚を、木刀を握った手で叩き千尋は前に出る。


「ギョワッ!」


 1体が走ってきた勢いのまま千尋に体当たりをかましてきた。左足を軸に右足を引いて半身になり、体当たりを躱す。通り過ぎ様の後頭部に木刀の柄を叩き込む。ギャッと声を上げてそいつが前のめりに倒れ、地面を転がって行った。


 続いて2体目。そいつは千尋の目の前で止まり棍棒を構えている。体を左右に揺らしてこちらの隙を窺っていた。千尋が僅かに体を左前に倒すとそいつが飛び込んで来た。両手で持った棍棒を振り上げている。


「ガン!」


 千尋は左手の鞄を投げ捨て、木刀を両手に持って棍棒を受け止めた。


(くぅ! 手が痺れる!)


 攻撃を受け止められて隙が出来たそいつの腹に、思い切り爪先を蹴り入れる。スカートが捲れるが気にする余裕はない。


「ギョフッ!」


 追撃しようとした千尋に、後頭部を殴ったヤツが起き上がり掴みかかって来た。


「ギャッギャッ!」


 木刀を持つ右手にしがみつこうとしている。千尋はそいつの力に逆らわず、引っ張られる方向に一緒に倒れ込む。その際、そいつの鳩尾に肘を入れた。


「アガッ!」


 力が緩んだ瞬間立ち上がり、まだ倒れているそいつの喉に木刀の切っ先を叩き込む。喉から赤紫の靄が漏れ、すぐにそいつの体全体が靄になった。靄は収束して消え、後に赤紫の透き通った結晶が残された。


 千尋は止めを刺してすぐにもう1体に向き直っていた。そいつは腹を押さえながら千尋に憎しみの篭った視線を向けている。


「来いっ!」

「アギャァ!」


 冷静さを失い、獣のように飛び掛かってきたそいつの左側頭部に、千尋は渾身のフルスイングで木刀の一撃をお見舞いした。グシャッと骨が砕ける感触が伝わって来る。そいつも赤紫の靄になり、コツンと音を立てて地面に結晶が落ちた。


 千尋は周りを一度警戒し、他にモンスターがいない事を確認すると地面に落ちた2つの結晶を拾った。単三乾電池とほぼ同じ大きさの、赤紫のクリスタル。


(これがマグリスタル……)


 初めて実物を手にした。初めて自分の力でモンスターを倒した。千尋の小さな胸に込み上げるものがあった。


 小学5年生でダンジョンを探し始めてから、動画サイトで探索者マイナーのチャンネルを片っ端から視聴し、モンスターとの戦い方を学んだ。人気のない山の中で、立木を相手に何万回も木刀を振るった。立木の樹皮は抉れ、突かれた所には穴が開いた。千尋の両手には剣だこが出来ていた。いつか来るモンスターとの戦いの為、千尋はずっと自分を鍛えてきたのだ。


『本庄千尋のモンスター討伐を確認。レベルシステムの利用が可能となりました。ステータスを確認……完了しました。ステータスを表示しますか?』


 神社で聞いた無機質な女性の声が再び聞こえ、千尋の目の前に光る青い板が浮かんだ。


『YES / NO』


 千尋は震える指で「YES」をタップした。すると青い板が縦に伸びて別の文字が表示された。


====================

本庄千尋 女 14

Lv0

種族:人

属性:―

HP:50

MP:60

STR(腕力):9

DEF(防御):8

AGI(敏捷):12

DEX(器用):16

INT(知力):15

LUC(運):14

スキル:なし

EXスキル:魔王礼賛

====================


(これが私のステータス……)


「ふ……ふふふ……ふわぁーはっはっはー!」


 洞窟に千尋の「魔王笑い」が再び響く。


「ゴブリンなど我の剣技の前では赤子同然! 我の刀の錆になるがいい!」


 千尋が倒した2体のモンスターは正しくゴブリンであった。会敵した時に脚が震えていた事は忘却の彼方。「剣技」と言えるような技はないし、血が出ないので錆も出来ないし、そもそも刀ではなく木刀である。


 が、これが本庄千尋。大神哲也が「学校一の変わり者」と呼ぶ、中二病真っ只中の中学2年生であった。





 千尋が2体のゴブリンと戦っていた頃。


 草原エリアに飛ばされた大神哲也は、狼のようなモンスターに追われていた。


「はぁ、はぁっ、クソ、逃げられない!」


 黒い狼型モンスターの名は「ブラックハウンド」。レベル的にはゴブリンと大差ない強さである。通常は群れで活動するが、今は1体しかいない。千尋より体が大きく力も強い哲也であれば、その辺に落ちている石などを武器にして十分倒せる相手であった。


 しかし、ブラックハウンドの見た目は恐ろしい。大型犬を更に大きくしたような巨躯、太い四肢、真っ赤な眼球と鋭い牙。大きく開いた口からは涎が滝のように流れている。


 ブラックハウンドは明らかに哲也を嬲っていた。その気になればすぐに飛び掛かれるのに、わざとゆっくり追いかけて哲也を散々走らせていた。


 見渡す限りの草原には隠れられるような場所がない。既に体力も限界。ヘロヘロになりながら、何とかブラックハウンドと距離を取ろうとする哲也だったが、とうとう躓いて地面に倒れてしまった。


 その背にずっしりと圧し掛かる重み。ブラックハウンドが片方の前足を哲也の背中に乗せて押さえつけた。涎が哲也の首筋に垂れる。


「ひぃっ」


 俺はここで死ぬのか? 狼に食い殺されるのか!?


『本ダンジョンの仮所有権を放棄しますか?』


 無機質な女性の声。哲也はその声に縋るように叫んだ。


「する! 放棄するっ! だから助けてくれ!」

『……大神哲也の仮所有権放棄を確認。試練を終了します』


 次の瞬間、哲也は神社の砂利の上にいた。背中に圧し掛かる重さは消えていたが、首筋に垂れた涎はそのまま残っていた。


(戻って、来れたのか……?)





 同じ頃、大神弘樹は剣を持った骸骨のモンスター「スケルトン・ウォリアー」と対峙していた。


 弘樹にとって不運だったのは、3人の中で一番年長者だったこと。そのため、僅かではあるがゴブリンやブラックハウンドより強いモンスターと当たってしまった。


 哲也の例で分かる通り、この試練は決して命を奪う事が目的ではない。千尋が考えた通り仮所有者として相応しいかどうかを見極めるものである。もちろん、現れたモンスターを倒しても良いし、知恵を使って逃げても良い。エリアにはゴールが定められており、そこに辿り着けば合格である。


 ただし、最終的に仮所有者は一人に絞られる。脱落者が居なければ試練の難易度は徐々に上がるのだ。


 弘樹はスケルトン・ウォリアーに対し、落ちていた「錆びた鉄剣」で応戦していた。スケルトン・ウォリアーが持つ剣も似たようなもの。それを力任せに振り下ろしてくる。弘樹はモンスターの攻撃を必死に受け止めていた。


 だが、剣など握った事もなければ格闘技を習った事もない。そもそもモンスターと戦う事など考えた事もない弘樹は、一撃一撃に殺意が込められた(と勘違いしている)攻撃に追いつめられる。


「くっ、クソッ!」


 数合打ち合って手が痺れ、弘樹は剣を落としてしまった。慌てて剣を拾おうと一瞬目を離した隙に、剣の腹で強かに顔を殴られ横ざまに倒れる弘樹。その喉元に錆びた剣を突きつけられる。


 こんな所で死ねない……死ぬ訳にはいかない。


『本ダンジョンの仮所有権を放棄しますか?』


 無機質な女性の声。


「ほ、放棄したらどうなる?」

『試練は終了し、元の場所に帰します』

「放棄しなかったら……?」

『試練は続行されます』

「……お、俺は殺されるのか?」

『試練は続行されます』

「も、もし全員が放棄したら?」

『新たな仮所有者が現れるまで本ダンジョンは仮所有者がいない状態となります』

「一度放棄したらもう仮所有者になれないのか?」

『仮所有権の放棄は永続的です。本ダンジョンの仮所有権を放棄しますか?』

「くっ、分かった、放棄する!」


 大神家は他にもダンジョンを所有している。命を危険に晒すほど切羽詰まってる訳じゃない。ああ、そうだ。態々俺が危ない事をしなくたって金はいくらでも入って来るんだ。こんな所で意地になったってしょうがないんだ。


 次の瞬間、弘樹は神社の砂利の上に座っていた。目の前には背を丸めて蹲る哲也の姿があった。

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