【本編完結済】派遣勇者(魔王)―美少女大好きなシスコンお姉ちゃん、妹を守る為に強くなり過ぎて遂に魔王になる??

五月 和月

第一章

第1話 こんな近場にダンジョンが

 14歳、中学2年生の本庄千尋ほんじょうちひろが通う中学は自宅アパートから徒歩20分の距離にある。通学路の途中には、妹のもえが通う小学校があり、そこを過ぎてしばらくすると小さな神社のようなものがあった。


 夏休みまであと2週間。梅雨が明けて蒸し暑いが、少しだけマシになった夕方の帰り道、千尋はその神社の前で足を止めた。


(久しぶりに神様にお参りして行こう)


 地元の人は「神社」と呼んでいるが、そこは大昔に氏神を祀るために建てられた祠のようなもの。スペースは猫の額ほどで、一軒家を建てるにも窮屈な土地である。鳥居は木製の簡易的なもので、経年劣化によって朱色が殆ど剝げ落ちていた。


 狭い土地にそぐわない大木が4本。樹高20メートルはあるだろう。それらの木が祠を覆うように枝を広げているため昼間でも薄暗い。陽が落ちた後は完全にホラーである。


 千尋は祠の前で学生鞄を地面に置き、二礼二拍手一礼して頭を下げ、目を瞑ったまま心の中で祈る。


(どうかダンジョンが見つかりますように)


 そんな千尋の姿を見ていた者が3人いた。2人は神社の外の通学路から。残りの一人は大木のてっぺんに近い木の枝の上から。


 神様にお祈りを済ませた千尋は踵を返そうとしてふと違和感に捉われた。


(ん? あんな所にあんなものあったっけ?)


 祠の左奥、影が色濃くなった辺りに大人の身長くらいある大岩。幼い頃から何度も来ているこの神社で、あんな物を見た覚えがない。少し近付くと、岩の右側面には大きな穴が開いていた。


 穴の奥には全く光が届かず様子が窺えない。だが、岩の大きさと比べてあまりにも不自然な穴だった。穴は斜め下に傾斜しているようで、それはまるで――


「おい、本庄! こんな所で何してんだよ?」


 通学路からこちらへ近づく2人の気配には千尋も気付いていた。自分の事は無視してさっさとどこかに行って欲しかったのに。


「聞いてんのか? 何してんだっつってんだよ!」

「……大神おおがみ。神社でやる事は一つ、神様へのお参りだ」

「哲也、これお前の同級生?」

「兄ちゃん……こいつは本庄。学校一の変わり者だよ」


 中学の夏服を着た大神哲也と、一回り背の高い男。会話から大神の兄であろう。私服で金色に染めた髪を長く伸ばしている。


「本庄ちゃんねぇ。何見てたのー?」


 軽薄な喋り方の大神兄が千尋に近付く。千尋は無意識のうちに岩の穴を隠すように後退った。その動きに、大神兄の興味が千尋から大岩へと移る。


「ん? ……んんーっ? これってダンジョンじゃね?」

(ちっ!)

「おい、哲也も見てみろよ。これ、ダンジョンの入口っぽくね?」

「えぇ? ……ほんとだ、ダンジョンっぽい」

「私が見付けたんだっ!!」


 入口を守るように、千尋が両手を広げて立ち塞がる。


「あぁっ? お前がダンジョンなんか見付けても宝の持ち腐れじゃん。お前ん家、探索者マイナー雇えんの?」

「えっ、本庄ちゃん家って貧乏なの? 可哀想だねー」

「くっ! 探索者など雇わなくても、自分で潜る!」

「はあ? お前バカだろ。中学生の、しかも女子がダンジョンに潜るって。何の為にプロの探索者がいると思ってんの?」

「あー、ほら、ここは大人しく俺達に譲ってよ? これあげるからさ」


 大神兄は尻ポケットに入った分厚い長財布を取り出し、そこから1万円札を抜き取って千尋に差し出した。


「バカにするなっ!」


 差し出された手を叩くように払い除け、千尋が叫ぶ。


「ウチは今ダンジョン5つ持ってんの。そろそろ1つか2つ売るつもりだから丁度良かったんだよ。仕方ないなぁ、じゃあ3万あげるからさ」

「死んでも譲らんぞ!」

「はーっ、仕方ない。どうせ先に入れば仮所有者になれる。おい哲也」

「おら本庄、どけよ!」


 千尋より20センチくらい背が高い大神がセーラー服の後ろ襟を引っ張る。足を踏ん張って抵抗すると、大神は更に力一杯襟を引っ張り、遂に千尋は砂利敷の地面に引き倒された。


 その様子を上からずっと観察していたもう一人の人物。


(ふーん。面白いね)


 神職衣装のようなものを纏い、雪のように真っ白な髪、金色の瞳をした少年の姿をしたが右の掌を上に向けると、そこに青白い光の球が現れる。


「ふっ」


 息を吹きかけられた光の球は大岩にぶつかって弾けた。その瞬間――


『本ダンジョンの仮所有権を巡って争う者を3名確認。それぞれに試練を与えます』


 無機質な女性の声が千尋と大神兄弟の頭の中に直接届いた。


「なっ!?」

「試練?」

「初耳だぞ!?」


 次の瞬間、千尋達はそれぞれ別の場所にいた。





 大神哲也が飛ばされたのは見渡す限りの草原だった。


「は? はあー!? どこだここは? 兄ちゃん! 弘樹兄ちゃーん!!」


 哲也の腰ぐらいまで伸びた草。それがずっと続き、木の1本すら見える範囲にはない。夕方だった筈なのに、空は抜けるような青。


(くそっ! 試練? なんなんだよ? ……あのクソ女のせいだ!)


 哲也は特に何も考えずに歩き始めた。なんとなくその場所に留まってはいけない気がしたからだ。ブツブツと文句を言いながら当てもなく歩く哲也。その後ろから、音もなく忍び寄る四足の獣には、まだ気付いていなかった。





 哲也の兄、弘樹が飛ばされたのは夜の遺跡の世界。月光に照らされた石の建造物は殆ど崩れ、建物の体を成していない。土の地面は所々背の低い草が生えている。


「試練……試練ってなんだ!? 初めて聞いたぞ……。はっ、哲也! おーい、哲也―! 近くにいるのかー!」


 辺りを見回すものの、弟からの返事はない。


 5つのダンジョンから上がる収益は月に800万円近く。これまで大神家はダンジョンの売却と所有するダンジョンの収益で4億円を超える資産を築いていた。高校を中退した弘樹は働きもせず、親から与えられる小遣いで毎日遊んで暮らしていた。


 ダンジョンが地球に出現して30年。今やダンジョンは投資物件と化している。ダンジョンに生息する「モンスター」を倒すとエネルギー結晶体「マグリスタル」に変わる。このマグリスタルを使用した発電が、現在では全発電量の6割を賄っているのだ。つまりマグリスタルは原油や天然ガスに変わる新たな資源であった。


 資源を生み出すダンジョンはハイリスク・ハイリターンの投資物件である。最深部にあるコアに辿り着き「管理者」として登録すれば、管理者権限でダンジョン内のモンスターの強さを±80%の幅で調整出来る。大きなエネルギーを含有する高額なマグリスタルは強大なモンスターを倒さなければ手に入らないが、権限を使えば最高で8割弱くする事が出来るのだ。


 とは言え、コアに到達するまでは素の強さのモンスターを相手取る必要がある。そこで、戦闘力を持たない「投資家」達が頼みにするのが「探索者マイナー」と呼ばれる者達であった。


 探索者達はダンジョンを攻略し、最終的には仮所有者をコアの元まで護衛するのが仕事である。危険極まりないが、その分報酬も高額。


 大神家は元からある程度資産のある家だった。その資金力を活かして複数のダンジョンを攻略して今に至る。


(くそっ! 俺が、この俺が、こんな目に遭って良い筈がないっ!)


 親から金を与えられるだけで、自分で危険なダンジョン攻略に挑もうなどと考えた事すらない弘樹にとって、今の状況は許し難いものだった。これまで何でも金の力で解決して来た。金の前では、誰もが尻尾を振って自分の言いなりになった。だから千尋にも金をチラつかせてダンジョンを譲らせようとした。


(あのクソアマが! 素直に言う事を聞けば良いものを! 絶対に責任を取らせてやる)


 千尋に対して根拠のない怒りを滾らせる弘樹。少し離れた物陰からその様子を窺う、剣を握った骸骨にはまだ気付いていなかった。





 千尋が飛ばされたのは洞窟だった。幅10メートル、高さも同じくらい。まるで人の手で掘り進められたかのように平らな地面、直角に近い角度の壁と天井。不思議なことに、両方の壁には等間隔で松明が燃えていた。


(ここは……ダンジョン? 私、ダンジョンの中にいる!?)


 後ろを振り返ると行き止まりになっている。千尋は徐に学生鞄の中に手を突っ込み、そこから短く切った木刀を取り出した。


 鞄に斜めに入れてギリギリ入る長さに切った木刀。その長さ、約45センチ。


 千尋が何故こんな物を持っているのか。


 別に千尋は武闘派ヤンキーという訳ではないし、常に身の危険を感じるどこぞのお嬢様でもない。お嬢様どころか、築45年のボロアパートに母と妹、3人で暮らす貧乏中学生である。


 そんな千尋には夢があった。ダンジョンを見付け、攻略し、お金をたくさん稼いで母と妹に良い暮らしをさせる事。その為に、小学校5年生の時からダンジョンを探していた。主に自宅から自転車で30分かかる山の中で。だから、いつダンジョンを見付けても良いように最低限の武器を常に持ち歩いていた。仮所有者になるためにはダンジョンに入らないといけないから。


 しかし、それがこんなに近くで見付かるなんて。これを幸運と言わず何を言うのか。


 自分が最初に見付けたダンジョン。誰にも渡すつもりはない。


「くっ……くっくっく! ふわぁーはっはっはー! 遂に見付けたぞ! 我の時代が始まるのだぁーっ!!」


 右手に短い木刀、左手に学生鞄を持って仁王立ちになった千尋が吐いた魔王のようなセリフが、洞窟の中を木霊した。

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