第2話 後編

 転送先はのどかな牧草地だった。エノールが見えている景色を説明してくれた。


「あそこに見えるログハウスが、私たちの仲間が共同生活をしている家。

 その近くに見えるあれは牛舎や鶏小屋、あれが倉庫、それから……こっちの建物は後で説明しますね。あっちには畑があるし、風車小屋では小麦をひいてる。

 まだ私たちもこの土地を整えてる途中なの。やることはまだまだいっぱいあるわ」


「へぇ……」


 なるほど、自給自足のスローライフ。ちょっとおもしろそうだ。



 ログハウスに着くと「ただいまー!」とエノールが中に声をかけた。


「おかえりなさいっ!」

「おかえりー!」


 という女性の声が複数聞こえてきて、足音と共に顔を見せた。

 そのうちの一人の女性が駆け寄ってきて俺の手をとった。


「ようこそ! よくぞ来てくださいました! ヒューイさま!」


 綺麗なお姉さんに手を握られてドキドキしたのも束の間、小さな女の子がいきなり後ろから抱きついてきたし、もう一人現れた女性は腕を組んできた。


 何? 何? この状況‼︎


「ちょっと、みんな落ち着いて! ヒューイさまが戸惑ってるでしょ!」


 エノールの一声でわちゃわちゃとした歓迎はひとまず落ち着き、女性たちはハッとしてぱたぱたと散って行った。

 ポカンとしているとエノールが俺の手をスッと引いた。


「さ、ひとまずお茶の時間にいたしましょう?」



 連れていかれたダイニングでテーブルについてそわそわとしていると、さっき散って行った女性たちがてきぱきとお茶とお菓子の準備をしていた。

 あっという間にテーブルが出来上がり、全員が席につく。


「それでは、お茶をいただきながら自己紹介といきましょうか。

 わたしくしはフレーデリア。この四姉妹の長女ですわ」


 フレーデリアと名乗った彼女は、見た目の通りのほんわかとした声音で言った。それから次女のエノール、三女のアルファラ、四女のリリィと順に紹介された。この姉妹を中心に、ここで暮らす仲間は他にもいるらしい。


「この場所は気に入っていただけましたか?」

 フレーデリアがほんわか笑顔で聞いてきた。


「ええ……いい場所だとは思います。けど、なにせほとんどなんの説明もなく来たもので……」


「あら、そうでしたの? エノールったら」

 しょうがない子ね、という顔つきでフレーデリアはエノールに視線を向ける。


「とにかくさ、あたしらは大歓迎なの! ちゃちゃっと、契約書にサインしちゃお?」


 アルファラが何やら細かい字がビッシリと書かれた紙とペンを俺の前に置く。


「へ? 契約書?」


細々こまごま書いてありますけれど、仰々ぎょうぎょうしいものではありませんわ。借家に入るときにも契約書は交わしますでしょ? あのたぐいです」


「ああ、なるほど……」


 俺はペンを片手に、クルクルと指でもてあそびながら契約書にざっと目を通す。

 まあ、確かにへんなところはなさそうだ。俺はサラサラとペンを走らせサインをする。

 と、ペンを紙から離したその瞬間、アルファラはさっと契約書を持っていった。


「ありがとうございます」


 フレーデリアは満足そうに、アルファラから契約書を受け取る。


「エノールはあなたのスキルが必要と申しましたね? これから、その理由を説明いたします。

 それに先立って、さっそく力を見せていただきたいのですが……」


 すでに準備してあったのか、エノールがさっと俺の前に地図を置いた。


「わかりました。この地図全体を見てみましょう」


 俺はスキル【超高速索敵】を使った。地図に魔法陣が浮かび上がり、各所に緑の点が動き始める。

 その様子を四姉妹は興味津々で覗き込んでいた。


「ここに、結構な数の魔物がいますね……。これはどこかな」


「上出来ですわ! 魔物の種類はわかりませんの?」


「あいにく区別は……。

 けれど、まだこのスキルを使いこなせていない自覚はあるので、俺がスキルを磨いていけば、あるいは」


「すばらしいですわ!」


 フレーデリアは、ぱちぱちと拍子を打った。


「ちなみに、ヒューイさまが気にしてらした箇所は、です」


「え?」


「では、次はわたくしたちについてと、あなたが必要な理由についてお教えしますね」


「ひみつのばしょにごあんない?」


 リリィがわくわくと目を輝かせる。


「はい、ご案内致しましょう!

 でも、その前に……ヒューイさま、脱いでくださいませ」


「え、脱……え⁉︎」


「さあさ、お脱ぎになって!」


 俺が戸惑っている間に、アルファラとリリィが飛びかかってきて、容赦なく服やズボンを脱がそうとしてきた。


「ちょっとまって! 待って! よくわからないけど、自分でやるからぁ‼︎」


「あ、パンツはどうぞ履いていてくださいね」


 いったいなぜ、うら若き乙女たちの前でパンツ一丁になるなどのはずかしめをうけなければいけないのか!

 服を脱ぎ捨て終えたあたりで、フレーデリアが壺に入った軟膏なんこうを持ってきた。


「これを身体中に塗ってください」


「これは?」


「あなたの命を守るものですわ」


 なんと物騒なことを……。

 ともかく言われた通り、身体中に独特な香りのする軟膏を塗りたくる。


「背中は私がやりますね!」


 は⁉︎ いやいや、ちょっとそれは……! と遠慮の言葉を言う間もなく、エノールが俺の背中に軟膏を塗る。

 女の子の暖かい手のひらでぬるっとした軟膏を塗られるのって、なんだか背徳感がはんぱない。



 服を着直すと外に案内された。

 向かっているのは「後で説明するね」とエノールが言っていた建物だ。

 近づいてみると、遠くから見た印象よりもよほど大きい。

 フレーデリアが頑丈そうな鍵を開ける。しかしそれだけでは大きな扉は開かない。

 彼女が続けて呪文による解錠を行うと、扉がギギと音をたてて開いた。


 とたん、物凄い大きな羽音とともに、沢山の大きな虫型の魔物が飛び出してきた。


 ──魔蟲だ。


 魔物の中でも厄介な部類のやつらだ。

 一体一体で見れば、ランクCの俺でも倒せる。しかしこいつらは、たいてい多数で群れをなすし、飛び回るし、気づいたら繁殖している。

 種類も様々あって毒のあるモノ、力のあるモノ、数でおしてくるモノ……とにかく、とにかく駆除が厄介だった。

 ミノタウロスを簡単にのしてしまうSSランク冒険者でも、場合によっては手こずるのが、魔蟲だ。



 そんな魔蟲がフレーデリアが開けた建物から出てきた。気づかないうちに繁殖させてしまったのか? 台所をうあの虫みたいに。

 いや、でもスキルが地図に示した多数の魔物の点を、フレーデリアは“ココ”だと言っていた。ということは、知ってはいたはずだ。


 それよりもなによりも、こんなに大量に空に放してしまっては、いくらここが田舎だといっても周辺の住民たちに危険が及ぶ。


「たいへんだ! なんとか、なんとかしなきゃ!」


 俺はかなり焦っていたが、四姉妹はなんということはないという顔──いや、俺の狼狽ろうばいっぷりを楽しんでいるようにすら見えた。


「だいじょうぶだよぉ! おにいちゃん!」


 リリィが、まさにいたずらが成功した子どもの顔でにやにやと笑う。


「この農場にはちゃんと上空までドーム状に結界が張り巡らされてるからね、外に出てっちゃうことはないよ」と、アルファラ。


「ふふふ。わたしたち姉妹は蟲操の一族。魔蟲を使役できるわざと力を持っています」

 フレーデリアが言った。


「魔蟲を……使役?」


「はい。ですから、あの魔蟲たちはわたくしどもが飼っているものですわ」


 魔蟲を……飼うだって⁉︎


「ヒューイさまに塗ってもらった軟膏は、魔蟲に仲間だと勘違いさせるためのものだったんです。味方だよーという合図となるフェロモンが入ってます。

 そうしないと、襲われちゃいますからね!」


 エノールは軽ーく言ったけれど、俺はあの大群に一気に襲われるシーンを想像して、背筋に悪寒が走る。


「それでですね。わたくしたち、この農場でのんびりと暮らしつつ、野生の魔蟲をどんどん捕獲して手元に置いておきたいと思っていますの。

 ですから、ヒューイさまのスキルが必要なのです。他にもお願いしたいことはありますが、それはまたその時……」


「え……えっと……。それで、そんなに魔蟲を集めて、どうするのか、とか、聞いていいのかな?」


「この国を乗っ取るんだよ!」


「はい!」と手をあげてアルファラが言った。


「は……はぁあああああ⁉︎」

 俺はおもわず、素っ頓狂な叫び声をあげる。


「ようこそ! 我ら四姉妹率いるレジスタンス、蟲の団へ!」


 スローライフなのに王国乗っ取り!?

 俺はどうやらとんでもないことに巻き込まれてしまったようだ。



おしまい

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ブラックギルドから追放された、けれど至高スキル「超高速索敵」でもうこの国を乗っ取ろうと思います!〜魔物が増えたから帰って来いだって?お断りだ!気の合う仲間とほのぼのスローライフを満喫中〜 冲田 @okida

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