ブラックギルドから追放された、けれど至高スキル「超高速索敵」でもうこの国を乗っ取ろうと思います!〜魔物が増えたから帰って来いだって?お断りだ!気の合う仲間とほのぼのスローライフを満喫中〜

冲田

第1話 前編

「ヒューイ! お前はもうクビだ!」


 その言葉を放たれたのは、残業続きの徹夜続き、回復ポーションでなんとか意識を保ちながらの何十日連勤かの末、自分のデスクでうつらうつらとしていた朝だった。


「……はい?」


 回らない頭で、ヒューイこと俺は上司に聞き返した。


「このウスノロが! クビだと言ったんだ。給料泥棒め!」


「いやいや、僕、こんなに必死に働いてるじゃないですか!」


 ここは、ある国、あるギルドの事務局だ。

 国や市町村からの冒険者への依頼クエストを取りまとめ、割り振り、成果と報酬のやり取りを仲介する。また、冒険者からの情報を元にギルドがクエストをつくることもある。


「ていうか、まず君さ、事務局の人間じゃなくて、冒険者だったよね!?」


 雷に打たれたような衝撃が走った。

 そうだ! そうだったよ‼︎ なんで俺、冒険者なのにこんなに必死に事務方仕事やってたんだっけ⁉︎


 とはいえ、事務仕事はすごく自分に合っていたというか、激務だったけれど魔物と戦っているよりずっと水が合った気がしていたのは事実だ。仕事が楽しくて、夢中になって寝ずにでも没頭していたくらいなんだから。




 俺はもともと、一年ほど前にこのギルドに依頼を受けに来た、いち冒険者だった。

 その時ふと目についたのが、魔物発生の噂がある辺境への偵察の依頼。ここからそれなりに距離があってかつ、全貌ぜんぼうがわからないというリスクもあり、低ランク冒険者は尻込みし、高ランク冒険者は別の難しい依頼でそれどころではない。

 なかなか受注されずに長期間残っていたものだった。


 でもこれってひょっとして……


「この依頼、今すぐ達成できるかもしれないです」


 俺がそう言った時の受付嬢の「はぁ?」という怪訝な顔は忘れられない。


「今すぐってどういうことです? これは現地におもむいて魔物がどれだけ発生しているのか確認してくる依頼ですよ? 往復だけでも一週間かかります」


「俺のスキルでなんとかなるかもしれません」


 今まで、自分が敵を避けながら旅をするためくらいにしか大して役にたってこなかったスキル【超高速索敵】。これを使えば。


「地図を貸してもらえますか?」


 俺は怪訝な顔の受付嬢から地図を受けとると、待合所にあるテーブルに広げた。

 地図の目的の土地に手をかざして意識を集中し、スキル【超高速索敵】を使用する。

 該当の箇所に幾何学模様の魔方陣が現れ、光り輝く。それから少しすると、緑色に光る点がいくつか現れた。

 俺はその動く点を見失わないようにしながら、いち、に、さん、し……と目視で数える。


 数え終わると地図を丸めて、受付嬢のいるカウンターに行った。


「はい、地図ありがとう。魔物の数はわかりましたよ。

 あ、クエスト受注わすれてた! 今受注して、魔物の数書いて完了にしてもいいですか?」


「へ? え、いや……ちょっと上の者に聞いてみますね!」


 上の者──ギルド長が呼ばれ、今やったことをかくかくしかじかと俺は説明する。すでに魔物の数がおおよそ把握されている場所を使っての、実演もしてみせた。

 そして晴れてクエストクリアとしてもらえたのはいいのだが……!


「ヒューイくん、ぜひ君に頼みたいことがあるのだが!」


 ギルド長にそう言われて安請け合いし、事務所に足を踏み入れたのが運の尽き。

 今まで依頼に出ていなかったけど、内包的には需要のあった「魔物がどこにどれだけいるか」を見える化する作業をすることになったのだ。


 俺の仕事は探すだけに終わらない。

 見つけたからには討伐や偵察等のクエストをつくらなければならず、その書類作成作業や見積り業務も加算される。

 というか、むしろそっちの仕事がメインだ。いくら高速で索敵したところで、見つけた沢山の魔物情報がさばききれていない。




 と、このへんで回想はおわりにして現実に戻ると、そうやって便利に使っていたはずの俺を上司はクビにするという。


「でもでも! 僕、絶対役にたってましたよね!?」


「確かにクエストは増えた。クエストにあぶれる冒険者も減った。しかし、ゴブリンの群れもスライムの群れも、一番の脅威となる魔蟲の群れも、区別がないじゃないか!

 それじゃあ君を雇う前と大して変わらないどころか、書類作りの遅い君の尻拭いもあって我々の雑務は増える一方なんだよ!」


「なっ……なんだって!」


「そういうわけで、クビだクビ‼︎ 冒険者にでも戻りたまえ‼︎」


 かくして、おれはギルドの事務局を追い出された。ぽいと投げるように渡された最後の給料は、どうみても基本給のみ。残業代と深夜勤務手当ては⁉︎ 休日出勤の分は⁉︎

 見込みの半分程度のお金を持って、「はぁああ」とため息をつきながら、家路につく。




 家になんていつぶりに帰っただろう。家といっても狭い集合住宅の借家。天井や暖炉、ベッドにはクモの巣がはっていた。

 身も心も疲れ切ってベッドに飛び乗ると、ふわっと埃が舞い上がり、くしゃみを連発。

 枕に顔を埋めてふて寝することも許されないのか!!


 俺は多くない金を持って酒場に繰り出した。

 安酒をちびりちびりとしながら、これからどうしよう、なんて考える。


 俺は残念ながら冒険者としてはパッとしない。

 ランクはCだし、戦闘に役立つスキルもない。たまに強いパーティに魔物レーダーとしてくっついていくことはあったけれど、いざ戦闘になれば足手まとい。

 どちらかというと、雑用を手伝うなんでも屋さんをやっていた冒険者だ。


「また、なんでも屋さんに戻るかなぁ。せっかくスキルをめいっぱい使えて楽しかったんだけどなぁ」


「あなたのスキル、活かしませんか?」


 独り言に返事があったのに驚いて、俺はキョロキョロと周りを見た。

 目の前に座る人物とバチっと目が合った……気がした。実際はフードを目深に被っていて目元ははっきり見えない。

 その人はちょっとフードをずらして隠れていた目をあらわにすると、にこりと笑った。


 男むさい酒場には不釣り合いな、かわいい女の子だ。彼女はきらきらとした目で身を乗り出した。


「やっと見つけた! あなたのこと、ずっと探していたんです!」


「えーっと? どちら様?」


「ねえ! 一緒に来てくれる? 詳しいことはあなたの家で話すわ!」


 なんと強引な子なんだろう。俺が返事をする前に、彼女はその小柄な印象からは想像できないような力で俺の腕を引っ張った。




 というわけで、女の子を家にあげてしまった。

 我が人生ではじめてのことである。

 こんなときお茶や気のきいたお菓子を用意すればいいのだろうが、家にはあいにく茶葉すらなかった。


「改めまして、私はエノール。よろしくね」


「はあ……えっと、ヒューイです」


 エノールと名乗った彼女は家にはいってようやくフードを完全に取った。

 こぼれ出た長い髪は瞳と同じきれいな金色だった。背丈は俺の頭ふたつ分は小さい。


「ヒューイさん、スローライフに興味はありませんか」


「スローライフ?」


「はいっ! 田舎でのんびり、畑仕事や放牧をしながらの自給自足の生活。

 俗世界から離れて、平和な悠久の時を過ごすのです」


「はぁ……」


 なに、なにこれ?なにかの勧誘? いや、勧誘なのは間違いないな。けどなんで俺?


「魅力的じゃないですか?

 あなたは今まで、冒険者としてはうだつが上がらず、キツイわりには報酬の少ないクエストで日銭を稼ぎ、ひょんなことからギルド事務局に雇われたかと思えばそこでは薄給超激務、あげくの追放です」


「よく知ってんね……」


 事実なだけに、ちょっと傷ついた。


「はいっ! 調べさせて頂きました!」


 さらりと怖いことを言う。


「そんな場所からはおさらばしちゃいましょう! あなたのスキルも活かせます!」

「そうそう、酒場でそんなこと言ってたよな。俺のスキルとスローライフ、何が関係あるんだ?」


「それは、仲間にはいって頂いたらお教えしますよ! 私たちにはあなたが必要なんです! 来てくれませんか?」


「うーん……」


 正直、ものすごく怪しくはある。俺のことは調べあげてるみたいだし……。

 でも、かといって今、執着するものも守るものも、別段あるわけではない。騙されたところで大した損もしないだろう。

 なにより、こんな可愛い女の子に、キラキラおめめでなにかを懇願こんがんされたことある!?


 いや、ない‼︎ 


 こんな顔を向けられたら、断れるわけがない‼︎


「わかった。行くよ」


「わぁ! ありがとうございます、ヒューイさま!」


 そうと決まればさっそく出発の準備だ。少ない荷物をまとめ、借家を引き払った。


「その、スローライフを送る田舎ってのは遠いの?」

「はい、けっこう遠いですよ。でもご安心を! もう少し街をはなれてから、転送魔法をつかいますから」


 エノールが言ったとおり、半日ほど歩いたところで彼女は転送魔法を使った。と、言うのは簡単だが、転送魔法っていうのはすごく高度な魔術だ。

 Sランク魔導師の一部しか使えないと聞いたことがある。

 エノールは本当に何者なんだ?

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