第5話「とある日、木曜日。祝日なのに登校日」


 今日はやたらと眠い。

 一限目の授業から寝入ってしまうほど、柊摩は眠かった。


 と言うのも、昨日から何をしようにも、それこそ登下校の間も休み時間下も、風呂の中でも、ベッドの上でも、暇になればすぐにそれを埋め尽くすようにある難題が脳裏に浮かぶせいだ。おおよそどれだけ思考を巡らしたところで解決はしないのだが、それでもしぎ柊摩しゅうまという人間の本質が未解決の問題を放置できないとそそのかす。

 そのせいであまり休めていない。

 ぼんやりする時間がなく、寝るか覚めるかの二極化になっていた。


 とは言え元より学校の授業なんて片耳で聞いて片耳で流すような感じで、興味のない科目ははなから聞いていないのだから、柊摩としては授業中にうたた寝、居眠りするくらい日常茶飯事にちじょうさはんじである。けれど周囲にとってはそんな柊摩の様子が珍しく映ったらしく、

 テーブルを挟んで向かい、学食のかつ丼を頬張りながら久門ひさかどはもごもごと言う。


「お前なんか今日は特に眠そうだな」


 片手に焼きそばパンをたずさえた柊摩は、そっちを見やって返事する。

 すると、それが面白かったのか高二からのクラスメイトで友人、頭よさそうな安斉あんざいと〝確か〟が口癖の茨木ばらきはやし立ててきた。


「中学生しか来てなかったけど、授業参観に寝るのは流石にやばい」

「確かに。昨晩って魔女っ子やってたのか?」

「それは火曜だろ?」


 深夜アニメの視聴を生きがいにしているなんぞ言った覚えはないが、久門が適当なことを言いふらしたせいで柊摩=アニメ好きということが四人の中で定着していた。別に異論はないが、久門の軽口と虚言妄言もうげん戯言たわごとの数々はそろそろ聞き捨てならないところまできている。


「あと金曜。だいたい柊摩は徹夜てつやも不規則な生活もしないタイプだからな」

「言ってたな。なら朝早くに起きてアニメ見てたのか?」

「いや、鴫って今日は遅刻しかけだっただろ」

「確かに。本鈴ギリギリに廃人か死人みたいな足取りで教室に入って来てたわ」

「でもアニメ見て二度寝とか案外やり兼ねないだろ?」

「鴫っぽいな」


 人が黙って聞いていたら言いたい放題だ。

 とりあえず柊摩は、罰として隣に座っている茨木の弁当の中から卵焼きを一つ無言で頂戴した。


「おい、お前! ただ飯食らいか!?」

「まぁまぁ美味いが、また次食べたくなるような味じゃない」

「そんな感想が代金になると思っているのか!?」


 耳をつんざく叫声のおかげで眠気が醒めた。


「そう簡単に人と人はわかり合えないな……」

「鴫お前まじですげぇな」


 柊摩が寂しげに言うと、斜め向かいでラーメンを啜っていた安斉は眼鏡を半分曇らせたまま、驚愕きょうがくではなく戦慄せんりつの感嘆とともにそうこぼした。


「そうだな、柊摩はすごい。凡人を極めた天才だ」

「久門、それ凡人にも天才にも失礼だろ」


 まず、こいつらが柊摩に失礼だ。それにしても、


「すごい……か」


 胸の内で呟いたはずが声に出ていて、その呟きは当然、柊摩の意識の外にある。

 すごい、という言葉。ここ最近何回か言われて、柊摩も口にして、もちろん全て冗談だったが。数多くの人にすごいすごいと表の意味でも裏の意味でも幾度いくどとなく言われてきただろう彼女は、その言葉に対してどう思っているのか。


 食堂へと同級生下級生と共に談笑しながらやってきた白波瀬を見て、柊摩は一つ疑問に思った。


「あっ、そういや昨日一時半くらいにからかい上手の古見さんやってたぞ」

「鴫ってそういうのも見るのか?」


 別に見なくもない――と、答えようとして、久門が遮った。


「見るぞ。出来もしないのにラブコメとか学園ものとか見てる」

「事実だがその一言余計だろ」


 久門は、はははと笑っては頭を掻いて適当に誤魔化す。柊摩がにらみを利かせていると、曇った眼鏡を拭いていた安斉が間に割り込んできた。


「って言うかなんで久門はそんなこと知ってるんだ?」

「確か、中学から一緒だったんだよな?」

「それもあるが、俺こいつに毎月五百円払う代わりにアマプラのアカウント共有してもらってるんだ」

「そんなのありかよ」


 別に違法ではないし、柊摩としてはプラスで契約している一つのチャンネル分の料金が浮くからありがたいのだ。


「柊摩はアニメのチャンネル全部取ってるからな」

「強ぇえ」

「猛者だ」


 安斉と茨木はそろって羨望の眼差しを向けてくる。

 それを見て柊摩は刹那せつなの間に知恵を巡らせ、こぼれ出た笑みを隠すように口を開いた。


「あと一人までなら契約してやっても構わないぞ。ただそれ以上となると料金順になる」


 冴えているなと誇らしげに笑う柊摩。

 内心牙を剥いているのだろうが、外面は微笑んで見合っている安斉と茨木。

 全てを見通して苦笑する久門。


「お前は本当にやることがえぐい」


 あわれれむように久門は言った。

 どことなく傍観者ぼうかんしゃの雰囲気を出している久門だが、久門もまたこのチキンレースの参加者だ。けれど柊摩はこの事実をしばらく本人には言わないことにした。


「まぁ明日からは五連休なんだし午後くらいちゃんと起きて授業受けろよ」

「いいなぁ休みかぁ、俺は明日と土曜が部活だわ。ここだけの話、新人教育って憂鬱ゆううつなんだよな」


 うだれながら言う茨木は確か野球部だったか。単に、極めて少ない毛量を見て、そうだと決めつけているだけかもしれない。

 実のところ、柊摩にだって今週土曜は部活があるのだ。それも何をやるのか何一つ知らない案件。茨木が先輩風吹かせてマウント取れる分、こっちの方が遥かに憂鬱である。

 吐けば、口に入った焼きそばパンも一緒に出てきそうな溜め息を何とか堪える。


「そう言えば、部活ってどうやって作るんだ?」

「「「…………」」」


 何か言ってはならぬことを口走ったのかと、柊摩が疑心暗鬼になるほどの沈黙が舞い降りた。


「おい、柊摩。お前ついに目覚めるのか」


 すると久門は、渇いた瞳を拭うふりをしながら身を乗り出して柊摩の肩を叩いた。


「よく決心した! 俺は嬉しいよ」

「おお、アニメ部を創設するのか!」

「それよりこれは八重咲高校の一大ニュースじゃね」

「ああ。我が愚息ぐそくにも遂に春が来た!」


 柊摩はいつから久門の息子になったのか。高が部活に入らない程度でこの騒ぎよう。

 くっさい芝居を繰り広げる三人に、柊摩は軽蔑ぐそくの眼差しを向けて冷然と言った。


「いや、別に部活は作らん。この学校山ほど部活動があるだろ。単純な疑問として、そうほいほい部活が作れるものなのかって思っただけだ」

「なんだよ、そう言うことかよ」

「つまんねぇな。おれらの喜びを返せ」

「ああ、うちの子はいつまで冬眠しているのやら」


 こいつらの罵詈雑言は容赦ようしゃない。


「実際あまるほどの部活の中には活動実績なんてない部もあるんじゃないか」

「それなら、週一で必ず顧問に活動報告しないといけないぞ。それと月末に活動内容の報告書を生徒会に出す必要もある」

「流石、安斉。二年で部長をしているだけ詳しいな」


 なるほどそれならば、ゆうれい部なるものは存続できない。

 それにしても、見かけによらず安斉は部長か。二年で部長になるということは、三年の先輩がいない且つ部員も少ないのだろうか。いや、前者に関しては一概いちがいには言えないか。

 三年がいるのにも拘らず、二年で部長になっている奴と実感はないが副部長になっている奴、そのふかしぎ部が存在することを柊摩は知っている。


「それとさっき聞いてた部活の創設には最低五人の部員が必要だったはずだ」

「いや、それは主活動の部員が二人の場合に副活動の部員が三人いるって話な。主活動の部員が三人いれば創設はできたはずだぞ。学生手帳にも書いてある」

「なるほど」


 久門も負けず劣らず詳しいな、などと感心する柊摩。その間に久門は再び三文芝居を始めた。


「柊摩。お前がアニメ部を創設するなら俺は入ってやるぞ。もちろん副活動としてではあるが、俺の好きなアニメを見るときはいつでも呼んでくれ。むしろそれ以外の時は呼ばなくていい」


 茨木と安斉が続く。


「俺も野球部で忙しいから入部したところでおそらくほぼ参加しないが、名前だけなら貸してやる」

「それなら俺も入るよ。一部屋でも多く自分の物置場所があるってのは何かと便利だし」


 酷い言いようだ。そんな部活は一か月も経たずに活動実績なしで廃部するだろう。とは言え質問に答えてくれた礼はしよう。

 柊摩はその一興いっきょうに一枚噛む。


「おおなんて心強いんだ。嬉しすぎて今すぐにでも生徒会の扉を叩きに行こうか」

「「「…………――――」」」


 あまりの棒読み無感情に、その他の役者人はセリフを忘れたようだった。


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