第4話「  部」


「なに、お前の中ではこれが流行ってんの?」


 視聴覚室に入るや否や、柊摩しゅうまはラブレターならぬルーズリーフを片手に言った。

 スマートフォンが普及した現代で、確かに互いの連絡先を知らないとは言え、文通とは、ここだけ昭和にさかのぼっているのか。


「こういうのって秘密のやりとりっぽくて面白くない?」


 相変わらずとびっきり似合う笑顔で返すのは、今日も陽光を皆既日食のようにして上座に座っている白波瀬しらはせ詩織さおり


「秘密っぽいって、実際俺とお前しか知らないんだろ」

「そうだね。やば、なんかいけないことしてるみたい。鴫くんときめかない?」

「もうときめかねぇよ」


 さっき靴箱からこの紙を見つけたときの柊摩の初動はため息だった。そこに喜びは一縷いちるもなかった。おそらく今後靴箱や机の中からこういった紙が出てきた時、柊摩が男子高校生さながらに興奮することはないだろう。

 はぁ、と改めてため息をついた柊摩。そんな柊摩を白波瀬は怪訝そうに見つめていた。


「ん? ってどういうこと?」

「…………。そんな言葉言ってないけど? 聞き間違えじゃないか」


 若干上擦って、白波瀬はいよいよ眉をひそめる。


「と言うか、なんでこのお手紙形式なわけ?」


 苦しさいっぱい強引に話題を逸らした柊摩に、白波瀬は頬を膨らましては答えた。


「それは、五割はしぎくんへの配慮」

「俺への配慮?」

「そう。鴫くんって陰キャじゃない。あっ、いやっ、別に悪口で言ったつもりはないよ。その、客観的に見てって、」


 途端にあわあわし出した白波瀬。

 別に自分が陰キャであることはわかっている上、言われたところで反感はない。


「わかってるよ。別に事実だし、嫌味として受け取るつもりはない」

「そう、ありがとう。で、そういう子はあんまり目立つようなことされるのは嫌だろうなって思ったから、極力一目につかないようにって思ってそうしたの」


 なるほど。陰キャに寄り添った素晴らしい配慮だ。紛らわしくて文句の一つは言おうと思っていたがその気が晴れた。

 感謝感激感無量となって、柊摩は喜々ききとして問いかける。


「それで残りの五割は」

「ネタになりそうだったから」


 前言撤回。人の恋心を弄ぶなど言語道断。死刑だ、死刑。

 躊躇ためらいなく平然と告げた白波瀬はしばらく経っても大笑いが止まらない。


「鴫くん、怒らないで答えてくれる?」

「すでに怒っている場合はどうするんだ?」

「ごめんごめん」


 謝罪が軽い。


「正直、勘違いした?」


 それに返答を待たずして言いやがった。

 柊摩は一つ咳払いをして答えた。


「これに関して俺が言えることは、仮にお前が刺されても刺した奴は無罪になるべきだ」

「えっと、それ答えになってないんだけど」

「答えるって言ってないし、答えるつもりもない」


 なぜ白波瀬が不満そうにするのか。


「それより伝えたいことってなんだ?」


 鬱陶うっとうしくて、柊摩は昨日かけた椅子に座っては矢継ぎ早にルーズリーフを机において〝伝えたいこと〟という文字の上を指し叩く。

 対して白波瀬はしかめっ面のまま言った。


「昨日の今日なんだからわかるでしょ」

「部活のことだよな? それ以上のことはわからん」

「入部決まったよ」

「そうか」

「…………」


 えっそれですか、と両目をしばたたかせる柊摩に。白波瀬は全て語り終えたかのように飄然ひょうぜんとしている。


「えっ、結局俺は何部に入るわけ?」

「  部」

「は?」

「だから、  部」


 わからん。これはあれか、柊摩の耳がおかしいのか。それとも白波瀬が柊摩だけに聞こえない言語を使っているからか。あるいは禁止用語でフィルタリングがかかっているのか。

 誠に不本意ではあるが、柊摩は申し訳なさそうに言う。


「もう一度言ってくれ」

「  部」


 聞えん。


 ただ読唇どくしん術検定準一級を持っている柊摩は、口の動きから空白に入る単語がひらがな四文字であることはわかった。ちなみに読唇術検定なるものはこの世に存在しない。

 だいぶ面倒になりつつあるので柊摩はとりあえず話を進めることにした。


「で、その部は何をする部なんだ?」

「その名のとおりよ」

「白波瀬ってすごいな。頭おかしいと思う」

「それ褒めてるの? けなしてるの?」

「純粋な感想。もちろん他意はない」


 何時いつぞやの会話を思い出しながら言うと、白波瀬は苦笑しながら零した。


「鴫くんっていい性格してるね」

「お互い様だと思うがな」


 皮肉を皮肉で返し、更に皮肉で返すなんて酷い会話である。


「んじゃあ活動場所はどこだ? それと今日行ってもいいのか?」


 問うと、白波瀬はこれまた一人面白そうに答えた。


「部室はここ。だから鴫くんはもう部活に参加してることになってる。改めまして、入部おめでとう」

「ありがとう」


 なんだろう。緊張しまくりながら部室の扉を開けて失礼しますと言わなくていいのは嬉しいような、これはこれであっさりし過ぎのような。


「ちなみに私が部長で、鴫くんは副部長だから」


 まさかの新入部員がいきなり役職付き。ついでにすぐ辞めるなよという暗示付き。

 これが、昨日白波瀬が言った柊摩が満足のいく部活なのだろうか。

 今のところ不満しかなく沈思にふけっている柊摩に、白波瀬は構わず続けた。


「新入部員、って言っても鴫くんだけなんだけど、その歓迎会は三年の先輩が帰ってきてから、だから十四日にするから。それまでにこの部の正式名書を答えてね」

「えっとその先輩って十四日までどこかに行ってるのか?」


 純粋な疑問として柊摩が問いかけると、白波瀬は一拍唖然あぜんの間をおいて、呆れを隠さず返した。


「三年生は来週から修学旅行だけど。何で知らないの」

「えっ、いや、ほんとだ。あっそうだった。じゃなくて何で今日はいないのかなって」

「今日と明日はお休み。それと話は変わるけど、鴫くんはもうちょっとこの学校について関心を持とうね」


 白波瀬はとても優しく柊摩に愛校心を説いた。


「それで他に聞きたいことはある。あんまり多すぎるとそれはそれで困るから、一つまでにしてね」

「二つって多すぎる内に入るの?」

「それを唯一の質問に割り当てていいの?」


 白波瀬のことは一年の途中からそのお噂が聞こえてきて、ほとんど他人が作り上げた第一印象を持っていた柊摩。この二日間決して多くはないが白波瀬と会話をして、柊摩は今、白波瀬の心証しんしょうを改めている。


「いや、やめておく」

「そう。ちなみにこの部の正式名称を教えてなる質問は無言で答えるから」

「ご教示痛み入ります」


 白波瀬詩織――柊摩よりいい性格している。出し抜こうにも隙がない。

 始まりは遊び半分なのだろうが、白波瀬は案外最後までこの遊びを貫きそうだ。となれば本当に二つ目以降の質問には答えてくれなさそうだ。それならば何を聞こうかと、割と真剣に考える柊摩。


 一番は活動内容を聞きたいところだが、先ほどよく似た質問をしてその際白波瀬は部名の通りなんてほざいている。直接聞くのではなく間接的に聞く方が無難だろう。あるいは方向性を変えて。


「それで質問は決まった?」

「まぁそうだな。じゃあ部員は何人いるんだ?」

「えっ、そんな質問でいいの?」

「まぁはぐらかされるより幾分有益だろ」


 白波瀬は首をかしげて、おそらく部員数を数えているわけではないだろうが、それから二、三回首を縦に振った。


「えっと鴫くんを合わせて四人だね。これで満足?」

「これで満足って答える奴は頭が可笑しい奴だって断言してやるよ」

「そう、それはよかった」


 頭が可笑しい奴は、それはよかったなんぞのたまって、満面の笑みをたたえた。


「で、この部っていつ帰れるの?」

「それ質問だよね。まぁ答えないのも何だから答えるけど」


 わざとらしくちょっと膨れた顔をすると、そのまま白波瀬は席を立つ。


「一応、今日はこれで終わろうと思う」

「えっ、今日なんかしたか? もしかしてこの部は雑談部?」

「違うけど。私このあと軽音部に顔出さないといけないし」


 以前聞いた噂によると、白波瀬は部活枠を全部使い果たしているらしい。つまりは掛け持ち三つである。秒単位でスケジュールが埋まっているんじゃないだろうか。その無尽蔵むじんぞうな体力が凄すぎてもはやおぞましい。


「はい。早く外に出る」


 白波瀬は柊摩に対して、席から立って部屋から出て、と言わんばかりにシッシと手で払う。そうして追い立てられた柊摩が教室を出ると、早々に自身も部屋を出てきた。


「次は五日の土曜日。九時に部室集合、絶対厳守。遅れたら承知しないから」


 手際よく施錠せじょうをしながら、白波瀬は矢継ぎ早にそんなことを言う。


「もうちょっと詳細を教えて欲しいんだが、」

「質問権はさっき使い果たしたでしょ。それじゃ」


 呆気に取られた柊摩がとりあえず返した問いを文字通り言い捨てて答えると、白波瀬は片手を振ってそのまま去っていった――。


「えぇ…………」

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