よこがお

CHOPI

よこがお

 手をのばして、だけどその手は空を切った。見えたキミの横顔が、あまりにも幸せそうだったから、『これで良かったんだ』と自分に言い聞かせて、諦めるほかなかった。……どうしたら、キミのその幸せにあふれた笑顔を。


 後ろからではなく、正面から、見れたのだろう。


 ******


 お気に入りの喫茶店。お気に入りのアイスコーヒー。だけど今日はそれが半分以上、残っている。いつもはのんびり、自分時間を楽しむために利用するこの喫茶店。だけど今日は目の前にもう一人、座っている。


「ねぇ、聞いた? あの子結婚するって話」

「……一応、ウワサ程度には」

「そっか。……ま、それもそうか。」

 それ以上、目の前に座っている幼なじみは話さなかった。彼女の言っている“あの子”は、俺の元カノのことだ。


「……近いうちに式、挙げようかって話になってる。それくらいまでは、聞いてるかな」

「今年の6月くらいに、って話みたいよ」

「……オレ、ちゃんと笑って『おめでとう』って、言えるかな」

「それは……言ってあげなさいよ」

「善処したいところだな」

 正直な話、オレは未練タラタラで。今でもまだ、彼女のことが大好きで。……でも。


 大好き。だから、逃げ出した。


 ******


 自身の未来を背負うので精一杯だと、彼女の未来を背負う覚悟が出来なかった。頭の良かった彼女はそれを見抜いていた。オレと彼女の最後の日。彼女は泣きながら笑った。

『ごめんね。今までありがとう。本当に大好きだよ』

 その言葉にオレはなんて返したか、正直思いだすことが出来ない。だけど確かなことがただ一つ。その時泣いていた彼女の涙さえ、オレは拭いてやることが出来なかった。


 しばらくして、彼女を街で見かけた。隣にはオレとは正反対そうなオトコがいた。彼女のことを責められた義理じゃないけれど、『切り替え早くないか?』とか、そういう彼女を責める気持ちが生まれてきた。だけど、その時見かけた彼女の笑顔は、オレといた時よりも幸せそうな笑顔に見えて。


 あぁ。なんで。そんな顔、オレに見せてくれたこと、あったっけ?


 そう思う自分の女々しい思考回路に嫌気がさして、その場からすぐに離れた。その日何度もその笑顔を振り切ろうとしたのに、遠目で後ろから見た、その幸せそうな顔がどうしても離れなくて。


 その顔。本当は、オレが。その顔に、してあげたかった。


 ******


「ま、6月までまだ時間あるし。大丈夫じゃない?」

「……そう思いたい。」

「……長いねー、失恋期間」

「うるせ。嫌いで別れたわけじゃないから、余計になんだよ」

「……まーねー……」

 そうしてまた沈黙。氷が溶けて少し薄くなってしまったコーヒーに手を付けた。いつもより薄いはずのそれが、なんでかやけに苦く感じる。目の前の幼なじみはといえば、オレとは正反対の白に近いカフェオレを啜っていた。


 思い出す楽しかった日々も、もちろんたくさんあるけど。今はそれ以上に、あの日街で見かけたあの横顔の方が強く残って消えてくれない。6月までのあと数ヶ月で、ちゃんとこの気持ちを終わらすことが出来るだろうか。


「……そんな顔……。……悔しいなぁ……」

「……ん? なに? ごめん、話すり抜けた」

「いや? 別に。ここのカフェオレ、美味しい、って言ったの」

「あぁ、オレもここのコーヒー好きなんだよな」


 幼なじみの話がすり抜けてしまう。悪いなと思いつつ、聞き返せばちゃんと返してくれるから、本当に有難い。楽しいときはもちろんだけど、それ以上に、しんどい時や苦しい時、何かと手をのばしてくれるこの幼なじみがいてくれて、本当に良かったと思わずにはいられない。


 ******


 ……嫌になる。私の幼なじみは、いつも私を見てくれない。いつも、その視線の先には別の子がいる。本当、うまくいかない。キミがこっちを見てくれるなら、これ以上のことは無いのに。


 いつも見えるのキミの笑顔は、全部、横顔だ。

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