第21話

 秋になって、綾子の教育実習が始まった。


 一方、俺の学校では、既に三年生は受験一色に染まっていた。

 まあ、どうせ俺はいい高校には行けないから、関係ない。


 親に散々文句言われながらも、俺は私立の競争率の低い高校を受験する事にした。

 東部高校は、半端もンばかりが行く高校だ。綾子が通ってた、港南とは違う。


 綾子は、あれでも高校の頃は、近所のおばさん連中から才色兼備なんて言われて褒めちぎられていたからな。

 確かに、男の趣味さえ外せば、かなり出来た女だったろう。


 部屋で勉強をしてるふりをしながら、ぼんやりと今年の夏に撮った写真を眺める。

 妹や弟も一緒に、四人で海に行った時の写真だ。


 美佐江は、今年中学に上がり、現在生意気盛り。そういやぁ海でも、やけに大人ぶりやがって、綾子に 「綾ちゃんって歳の割におこちゃまだよね」とか何とか、調子こいて言ってたな。


 健治は小学五年生、そろそろ親に反抗する年頃になってきた。

 たまに、俺の部屋のグラビア雑誌がなくなってて、そういう時は健治がこっそり持ち出したりしてんだよな。


 俺が小学校の時なんか、野球一色だったんだが、最近の餓鬼はませてやがる。

 それこそ美沙なんて、きっとすぐに彼氏なんか作って、そっちが大事になっちまうんだろうな。


 何枚かの写真をめくると、最後に俺と綾子と二人で撮った写真が現れた。


 水着姿で撮るのは嫌だと照れていたが、こうして見ると綾子も女っぽい感じがするよな。

 服着てる時は、あんま目立たないけど、想像してたよりは胸もあるし・・・・・。


 そろそろ、俺と綾子が並んでもおかしくなくなったんじゃないか?

 綾子はスッピンだと童顔だから、歳より若く見えるし、この写真なんか、兄弟ってより恋人同士の方が近く見える。


 そんな事を思いながら、にやにや笑っていると、いきなり母さんが俺の名前を呼んだ。


 「壱、綾ちゃんが来たわよ」

 俺は、慌てて写真を机の引き出しに仕舞い、参考書を開いた。

 シャープペンを握り、ノートに何か書き込んでるようなフリをする。


 そういているうちに、部屋の戸がノックされた。


 「どうぞ」

 俺が言うと、戸がすっと開く。

 綾子が、こんなにおしとやかに入って来るなんて、珍しい事だ。


 俺は怪訝に思いながらも、顔だけ扉に向けて、綾子が入って来るのを黙って見ていた。

 綾子は、教育実習の帰りらしく、普段じゃ絶対着ないような、真っ白なワンピースを着ていた。


 なんか表情が冴えない。それなのに少し口元に笑みを作って、遠慮がちに言った。


 「勉強中?」

 「いや、もう終わった。どうせ、今更勉強したって、俺の頭じゃ同じだからな。そんなとこに突っ立ってないで、座れよ。どうしたんだ、こんな時間に・・・・・?」


 俺は、シャープペンを置いて、椅子をくるりと綾子の方へ回した。


 「・・・・・うん」


 綾子はおずおずと入って来て、絨毯の上にペタンと座った。

 ワンピだってのに、足を投げ出して座わりやがって。ほんと無防備なんだよ、お前は。


 ぶつぶつ口の中で呟きながら、側にあったクッションを投げてやる。綾子は、黙ったまま俺が渡してやったクッションを抱えた。

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