第19話
それから数日後、俺は仲間と一緒にライブステージに立った。
曲は洋楽のコピー数曲と、オリジナルが二曲だ。俺達のバンド『REBWL』は、素人バンドにしては人気があったので、盛り上がりも多少は良かった。
俺は声が枯れるまで歌い、指が痛くなるまでギターを引きまくった。
この客席の何処かに、綾子が座って俺を見ている。
それだけで、俺の歌には熱が籠った。
さえねぇやり方だけど、歌う事でしか綾子に思いを伝える事が出来ない。
俺が今回選んだ曲はみんなラブソングで、そのまま綾子への思いだったんだ。
・・・・・・でも、あの鈍い綾子が、気づく訳ねぇよな。
その日のステージは、アンコールを一度やって終わった。
ライブが終わってバンド仲間と外に出ると、出待ちしてた女が何人か近付いてきた。
ちょっとした、ミュージシャン気分だ。
でも、こういうのも今だけだって、俺にはちゃんと分かっている。
女達は、まるでアクセサリーのように、俺達が好きだと言う言葉をぶら下げてるに過ぎない。時が過ぎれば、忘れられちまうのがオチだ。
この中に、どれほど本気で俺達の事を考えてる女がいるだろう?
俺は少しナーバスな気分になって、俺に近付いてきた女達を冷たく振り払った。
不意にその中に、由衣の顔があって驚く。
目が合った途端、彼女はつかつかと俺の方に近付いて来て、いきなりバシンと頬を叩きやがった。
目から火花が飛び散り、俺は頬を抑えて呆然と彼女を見つめる。
由衣は、凄い目で俺を睨んでいた。
「馬鹿!」
叫ぶなり、走り去って行く。
そろそろヤバいかな、とは思ってたんだ。
由衣とは、ついこの間喧嘩したばっかだったし。
喧嘩の原因は、当然俺の浮気だ。
俺は、とっかえひっかえ女を作ってたから、由衣も次第に我慢出来なくなってきていた。
だから、それが原因で喧嘩したのは、一度や二度じゃなかった。
由衣は、次第に俺の目を見ないようになり、二人で会う時間も少なくなっていた。
去り際の、由衣の泣き顔を思い出し、苦い気持ちになる。
恐らく、我慢も限界に達したんだろう。
由衣は今まで、よく我慢してたと思ったほどだ。
今や俺は、不実な男だと有名だからな。
「・・・・・壱って、最低だよね」
耳元で、聞き慣れた声がささやく。
ぎょっとして振り返ると、すぐ側に綾子が立っていた。
「・・・・見てた?」
ちょっとふざけ気味に言いながら、軽く肩を竦めてみせる。
女の一人が誰かと聞いてきやがったので、俺はそいつらに綾子の事を教えてやった。
「俺の姉ちゃんだよ」
綾子は一瞬呆れた顔をしたが、何も言わずに俺と一緒に歩き出した。
港を出て、広い通りを横切る。それから、街頭の明かりに照らされた道を、俺達はゆっくりと進んだ。
仲間の連中は、どうも綾子を気に入ったらしい。
周囲を取り巻いて、何やらぺちゃくちゃ喋っている。
俺は何か気乗りがしなくて、少し後ろを自転車と一緒にゆっくり歩いていた。
それでも、ちらちらと綾子の横顔を盗み見る。
綾子は笑いながら、懸命に奴らの話しを聞いているようだった。
何を話してるんだろう?
ちっ、すました顔しやがって。俺と話す時は、もっとガサツなくせに・・・・。
むしゃくしゃした気分になった。
たとえ友達であろうと、綾子が俺以外の男と楽しく話すなんて、見ててあんま気分のいいもんじゃなかった。
しばらく綾子は楽しそうに話していたが、やがてバンド仲間が一人づつ減り、気がつくと俺達は二人だけになっていた。
途端、綾子は無口になる。
俺も話す言葉がなかったけど、取りあえず自転車を引きずって、綾子の隣にならんだ。
ふと横を見ると、綾子の顔が俺の肩くらいにあった。俺は、もう綾子を見上げる必要はなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます