第15話

 冷たい、か。俺はそんなつもりじゃなかったが、由衣がそう思うのなら、そうなのかもしれない。


 俺は綾子が好きだけど、綾子は俺を男として見ていない。

 だから寂しくて、その行き場のない気持ちを、由衣で慰めようとした。


 そういう事になるんだろうか?


 そんな簡単な気持ちなのかよくわかんねぇけど、俺の微妙な気持ちを、由衣は敏感に感じているようだった。


 俺が本気じゃないのを分かっていながら、俺に会いたいと言う。

 俺も、分かっていながら、由衣に会いたいと思う。

 マジ最低だな、俺。


 家に帰ると、俺はご飯も食べずに部屋に籠った。

 親と一緒に夕食を食べると、どうせ小言を言われるだろうと思ったからだ。


 スマホから流れる音楽を聞きながら、由衣とのキスを思い出す。

 女とキスしたのは、初めてじゃなかった。


 だから、トキメキなんてそれほど感じない。いや、ファーストキスの時だって、こんなもんかって感じだった。


 それからふと、綾子とのキスを想像してみる。だけど、すぐに止めた。

 なんとなくそれは、考えてはいけない事のような気がした。


 そうやってしばらくぼんやりしていると、母さんが電話の子機を持って現れた。

 不機嫌な顔で、何も言わずにそれを俺に突きつけて来る。


 この所、母さんは俺の顔を見ただけで不機嫌になった。

 俺が何を考えているのか、分からないんだってさ。


 母さんは、何かあれば綾ちゃん、綾ちゃんって、綾子の事気に入ってるみたいだけど、俺がその綾子を押し倒したくてウズウズしてんだって言ったら、どんな顔をするんだろうな?


 馬鹿だな、ほんと、俺。


 俺は、電話を受け取り、無言の圧力をかけてくる母さんの前で、ばたんと勢い良く部屋の戸を閉めた。


 それから、ベッドに横になって、保留のボタンを解除する。

 『もしもし・・・・』

 その声を聞いた途端、俺の胸がドラム音を鳴らした。

 電話の相手は、綾子だったんだ。


 『もしもし、いっちゃん?』


 俺が声を出せずにいると、綾子は不安そうに何度もそれを繰り返した。

 「ああ」

 ようやく落ち着いた俺は、ぶっきらぼうな調子で返事を返した。


 『何度も電話したんだけど、帰ってなかったみたいで・・・・。いっちゃん、こんな遅くまで何してたの?』

 綾子が俺を心配してくれている。それは、凄く嬉しかった。


 でも、綾子は俺の姉ちゃんじゃない。俺の心配なんて、する必要はないんだ。

 小さく笑った後、俺は投げやりな調子で言った。

 「女を抱いてたんだよ」


 綾子は、沈黙していた。


 『また、中学生が何言ってるのよ』

 間を置いた後、綾子は冗談にして笑おうとする。

 俺は、ヤケクソになって言った。


 「嘘じゃねぇよ、すげぇ可愛い女だった。今日あったばっかだけど、大胆な奴でさ。綾子だって、男と寝た事くらいあるんだろ?」

 本当に俺は、最低な奴だ。


 言ってはいけない事だと思いながら、口が止まらない。

 「川辺の野郎とか、東京のなんだかさんとか、一人暮らししてたらいくらでも出来るもんな。俺も、港の公園でやってきたんだ。また、会う約束もした。女の方が、俺を忘れられないんだってさ。外でやるなんて、スリルあるぜ。綾子も今度やってみろよ」 

 言った途端、綾子はぶち切れた。


 『ちょっと壱、あんたいい加減にしなさいよ!あたしはね、そんなに簡単に誰とでも寝たりしないわよ!!大体あんた、最近根性が曲がってるわよ。何を拗ねてんのか知らないけど、そんなひん曲がった根性なら、あたしが叩き直して上げる!今すぐ、表に出なさい!』

 凄い勢いで怒鳴られ、俺は受話器を握ったまま呆然とした。


 綾子は何時も、本気で怒る。俺が餓鬼の時も、喧嘩になると遠慮なんかしなかった。


 綾子は、何にでも真剣になれるんだ。そういうとこ、昔のままだな。

 俺の好きな綾子そのもので、なんだか急に可笑しくなった。


 『何笑ってンのよ!!』

 「・・・・・悪い。綾子が、本気で怒るからさ・・・・。そんなの、嘘にきまってんじゃん。やってなんかねぇよ、キスはしたけどな」


 ガチャン。

 電話が壊れるような音をたてて、ぷつっと通話が途切れた。

 俺は受話器を見つめ、一人小さく呟く。


 「・・・・・綾子、好きだ」


 けれどそれは、完全な一方通行だった。

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