第11話

 本当の所、かなりドキドキしてた。もし、居ると言われたら、やっぱかなりショックだからな。

 綾子は、ちょっとおどけたように肩をすくめた。その後、冗談ぽく言う。


 「う~ん、忙しくって、それどころじゃないかな」

 「へぇ、そうなんだ。じゃ、好きな奴は?」


 俺がそう聞くと、綾子はなんだか照れたように頭を掻いて、ちょっと言いにくそうにはにかむ。


 「いや~、いない訳じゃないんだけど・・・・・、競争率が高そうかなって」

 俺は、思わず溜息を吐いた。


 綾子の奴は、どうも遊び人タイプの男に惹かれるらしい。あの川辺の野郎なんか、もろにそんな感じだった。きっと、今度の奴だってそうに違いない。


 「何よ、その溜息は・・・・・」

 ちょっと怒ったように、むっとする綾子。

 なんだか、そういう表情が、妙に可愛かったりするんだよな。

 綾子は、自分を大人と思ってるみたいだけど、俺から見たら結構子供っぽいし。


 それに、俺だってもうすぐ十四だ。何時までも、小さな餓鬼じゃない。最近は悟りきったような気持ちで、綾子の大人ぶった態度も受け流す余裕だってできてるんだ。


 「だってさ、綾子は男の趣味が悪いぜ。また騙されて泣く事になるんだから、やめとけよ」

 半分は私情、半分は綾子の心配をして言う。

 途端、綾子は益々むっとした顔になった。


 「いっちゃん、なんか凄く生意気になった。それに、あたしは騙されてなんかいないわよ。川辺君の時だって、色々と事情があったんだから」

 「俺は、綾子の為を思って言ってんだぜ。そういう男なんて、大抵が女を抱く事しか考えてないんだ。綾子は鈍いから、気をつけろよ。ホテルに連れ込まれてからじゃ、遅いんだからな」


 ぶっ!

 いきなり、凄い勢いでクッションが飛んで来た。それは、俺の顔を直撃して、どさっと絨毯の上に落ちた。


 ちょっとムッとしたので、文句を言おうとして口を開きかけ、思わず閉じる。見ると、綾子は茹で蛸のように顔を真っ赤にしていた。


 「いっちゃん、何時からそんな嫌らしい事、言うようになったの?だっ、抱くとか、ホテルとか・・・・・」

 言った後、また顔を赤くする。

 これくらいで赤面するなんて、ずいぶんとまた純情な大学生だな。

 俺はそう思いながら、ちょっとばかりほっとしていた。


 綾子も大人なんだから、と覚悟はしていたが、この様子では俺が思った程、不純な事はしてないようだ。


 ただ、もし俺達が学校でこそこそしてるワイ談なんか聞かれた日には、ぶっ飛ばされるかもしれないな、とも思ってしまっが・・・・・。


 「俺は、現実を言ってるだけだぞ。そんな簡単に、白馬の王子様なんて見つかりゃしないんだからさ、もっと堅実に相手を選べよ。もうすぐ二十歳だろ?」

 実際は半分くらい、その野郎に対する嫉妬も混じってたさ。


 俺としてはやっぱり、もし綾子が俺以外の誰かとつき合うなら、思わず俺も唸ってしまうくらいの男じゃないと嫌だった。


 こう、もっとちゃんとした、男が惚れるような男と言うか・・・・。

 でも、そんな奴だったら、俺に勝ち目はねぇよな。


 ちょっと沈んだ気持ちになっちまうけど、本気で綾子の事を考えて言ったんだぜ。それなのに綾子は、完全に激怒してしまった。


 「何よ、お父さんと同じ事言って!いっちゃんの馬鹿、もう遊んであげないからね!」

 なんて叫ぶと、俺の部屋から乱暴に出て行ってしまった。


 ・・・・・なんだよ、そんなに怒る事かよ?


 大体、遊んでやらないって、俺を幾つだと思ってんだ?

 俺は、綾子に呆れながらも、階段を駆け下りる凄まじい音を聞いて、足を踏み外しやしないかと心配してしまった。


 すげぇムカつく事に、綾子は怒ったまま東京に行ってしまった。

 冗談だろ、これからまたしばらく会えないんだぜ。


 おれはそう思ったが、悲しいかな、単なる一方通行の思いでしかなかった。 

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