第9話

 春、俺は中学にあがった。私服から制服になり、身長も三センチ伸びた。


 けれど、綾子との歳の差は縮まらない。

 六歳という歳の差は、身長の差よりもずっと、俺を絶望的な気分にさせる分厚い壁となっていたのだ。


 中学に入ると俺は、バスケ部に入部した。

 別に川辺の野郎の真似をしたのではなく、早く身長が伸びて欲しいという願いからだ。


 小学生から続けてきた野球は、あっさりと止めてしまった。

 どっちにしても、俺にはそっちの才能はないようだったから、とっくに諦めはついていたのだ。


 ・・・・・が、すぐに身長が伸びると思ったのは、大きな間違いだった。

 秋になっても俺の背は二センチしか伸びず、合わせて伸びたのは五センチ。結局、157センチ止まりであった。


 歳は縮まらなくても、せめて身長差だけは無くしたい。そんな俺の願いも空しく、その歳はそれ以上伸びてはくれなかった。


 おばさんの話しでは、綾子は東京でアルバイトを始めたらしかった。

 だからか、夏になってもこちらに戻って来る事はなかった。

 多分、正月には帰って来るだろうと言っていたが、確かではないようだった。


 俺は、毎日の生活に追われながらも、綾子の事を忘れていなかった。


 去年の夏、綾子と家の前で撮った写真をこっそり出しては、一人部屋の中で眺めて未来を想像する毎日。


 写真の中で並ぶ俺と綾子は、どう見ても恋人同士には見えない。だけど、そんな事は構わなかった。


 毎年綾子が帰って来る度に、また写真を撮ればいい。そのうちきっと、恋人同士に見える時が来る筈だ。


 そうそう、綾子は一度、俺に手紙を寄越した。大学の話しやバイトの話し、仲良くなった友達の話しとかが書いてあった。


 綾子は昔から、文字を書くのが好きなんだ。


 でも俺は筆無精なので、手紙での返事はしなかった。

 代わりに短いメールを送った。

 それには、ちゃんと背が五センチ伸びた事を記しておいた。



 おばさんは分からないと言ってたけど、冬休みに入ってしばらくしてから、嬉しい事に綾子はこっちに帰って来た。


 驚いたのは、髪を少し明るい色に染め、パーマもかけて、化粧もしていた事。

 俺は、綾子の長くて黒いストレートの髪が好きだったし、ちょこっと童顔な素顔の方が断然いいと思った。


 化粧した綾子は、なんだか妙に大人ぶって見えて、余計に歳の差を感じてしまう。

 俺はなんだか悔しくて、おばさんみたいだと文句を言ったが、綾子は苦笑して俺の頭を殴るフリをしただけだった。


 でも、化粧はしてても中身は相変わらずで、機関銃ように喋っては、賑やかに笑っていた。


 



 

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