第7話

 「どうしたんだ?」


 同じように佇んだままの俺に、仲間の一人が言った。

 俺は、そこから動く事が出来ずにいたのだ。金縛りにあったように、綾子から視線を外す事が出来ない。


 ぼんやりとしたまま、仲間達に先に帰ってくれと頼んだ。

 訝しげに首を傾げながらも、俺を残して歩き出す仲間達。

 奴らが人の波に飲まれて完全に見えなくなると、俺はそっと綾子の方へ近付いた。


 さっきまでの熱気が、まるで嘘のようだ。岸壁の人混みはまばらになり、静寂だけが俺と綾子を包んでいた。


 「綾姉?」

 俺が呼びかけると、綾子ははっとして振り返った。

 淡いグレーに紺の絵柄が入った、涼しそうな浴衣。岸壁に近い水面を、沢山の灯籠がゆらゆらと揺れていた。


 バックの景色と綾子の姿が溶ける。一瞬、絵の中かと錯覚を起こす程、それは美しい情景だった。


 「あっ、オッス、いっちゃん。いっちゃんも、花火を見に来てたの?」


 綾子は、少し寂しそうに笑った。

 俺は、少しムッとした。綾子は、どうして笑おうとしてるんだ?どうして、そんなに無理するんだ?


 そんな、今にも泣きそうな顔で・・・・・。


 笑いたくないのに、笑わなくてもいい。俺にくらい、気持ちを吐き出せばいいじゃないか。


 「川辺の野郎と、何かあったのか?」

 俺は、憮然としたまま、ぶっきらぼうに言った。


 「あっ・・・・、なんだ、そうか・・・・・見てたんだ」

 綾子は、それでも微笑もうとした。

 「笑うな!」


 思わず、口から乱暴な言葉が出て来る。

 そんな言い方じゃいけないと思うけど、なんだか胸がもやもやして、酷く苦い気分だった。


 綾子は、そのまましばらく無言でいた。が、不意に表情を崩した。

 彼女は大きな目に涙を浮かべ、小さく俺に言った。

 「・・・・・ふられちゃった」

 そのまま、しゃがみこんでしまう。


 手で口を押さえ、嗚咽を堪えながら泣く綾子を前に、俺はどうしていいのか分からなかった。


 ただ、胸が痛かった。


 泣いている綾子が可哀想で、何時もの元気な綾子とは全然違っていて、折れてしまいそうなくらい弱々しくて・・・・・。


 俺はどうしていいのか分からないまま、綾子のすぐ前まで寄った。おろおろしながら、綺麗に結った頭の上にそっと手を乗せる。


 「綾姉、頑張れ!」


 それしか言えなかった。

 慰めたくとも、餓鬼の俺には、気の利いた言葉なんて思いつかなかったんだ。

 綾子は、不意に顔を上げて、涙で濡れた目で俺を見つめた。


 「・・・・うん、ありがとう。・・・・・でも、今は駄目みたい」

 掠れた声で言う。


 瞬間、俺の背筋に何かが突き抜けた。

 今までに感じた事のない、何かだ。西村とかに感じた、わくわくする楽しい気持ちじゃない。切なくて痛い、そんな気持ちだ。


 何か知らないけど、俺は妙に苦しい気持ちで、綾子の頭を抱きしめていた。

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