第6話

 その夏の終わり頃、俺の中で急速な変化が訪れた。


 忘れもしない、その日は夏祭り。俺は仲間達とつるんで、港に花火を見に行った。

 夏の空に咲く、美しい花火。鮮やかに開いては、散って行く姿。


 餓鬼だった俺に、そんな情緒が分かる筈もなかったが、その日の花火はある思い出と一緒に、心に深く刻み込まれる事となった。


 花火が始まった序盤、俺は仲間達と一緒になって、花火の大きさや音の凄さに、やんや、やんやと喝采を送っていた。


 最初は花火に夢中になって気づかなかったけど、中盤になってそろそろ飽きてくると、ちょっと向こうの方に綾子の姿がある事に気づいた。


 浴衣の後ろ姿、長い黒髪。夏祭りなら腐るほど見かける後ろ姿だが、俺にはそれが綾子の後ろ姿だとすぐに分かった。


 それから、あの男の横顔も忘れやしない。


 綾子の方は、俺には気づいていなようだった。

 川辺の野郎と一緒に並んで、楽しそうに空を見上げていた。

 俺は、仲間達に気づかれないように、ちらちらと綾子の様子を伺っていた。 


 すると、花火も終盤を迎える頃、不意に綾子が横を向く。その笑みが、凍り付いていた。


 河辺の野郎が、何か言った。

 すると綾子は、驚いたように目を見開いた。 その後ろで、ひと際大きな花火が花を咲かせた。


 仲間達が、周囲の連中と一緒に歓声をあげる。

 けれど俺は、そんなものはどうでもよかった。綾子も、花火なんか全然見ていなかった。ただ、大きな目を見開いて、川辺を見つめるだけ。


 川辺の野郎は、前を向いたまま、また何か言ったようだった。

 呆然としていた綾子が、不意に我に返って川辺に詰め寄る。何かを、奴に向かって激しく言っていた。

 俺に見せる時とは違う、今にも泣き出しそうな表情。

 俺はびっくりして、綾子の様子を食い入るように見つめていた。


 川辺の野郎が、また口を動かした。

 瞬間、綾子は、奴の服を握っていた手を唐突に離し、さっと顔を背けた。

 今度は仕掛け花火が、水面で鮮やかに闇を輝かす。


 やがて花火が終わると、川辺の野郎は一人で去っていってしまった。余韻を残しながら帰り路につく人並み。

 そんな流れの中、綾子だけがぼんやり佇んでいた。

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