第3話
俺は小学五年生になり、綾子は高校二年生になった。そんな、夏も終わりに近付いた頃だったと思う。
五年生にもなると、俺の周囲でもちょっとした異変があった。
友達の何人かは何組のだれそれが可愛いとか、だれそれとつき合いたいとか言い出すようになり、女達も男を見て騒ぐようになりだした。
クラスの女の子から、ラブレターなんでものを貰い出したのも、丁度この頃くらいからだったと思う。
でも俺は、どっちかって言うと、そんなのには鈍い方だっだ。女なんてうるさいだけだって思ってたし、好きだ嫌いだって騒ぐのもなんか嫌だった。
そういうのは、恥ずかしいことのように思えたからだ。
その辺りから綾子とも素直に接する事が出来なくなって、去年までのように気軽に抱きついたり、手を繋いだりする変わりに、素っ気なく突っぱねたり、わざと怒らせるような事を言うようになった。
そうなると、自然に綾子の家にも行き辛くなり、綾子もあまり俺にかまってくれないようになった。
自分がまいた種とはいえ、俺は酷く寂しい気持ちになったのを覚えている。
秋になると、綾子の家にちょくちょく知らない男が来るようになった。
俺なんかは、まだ綾子を見上げなければならないくらいチビだったけど、その男は随分背が高い男だった。
浅黒く日焼けした、にやけ顔の野郎だった。
軽薄そうだし、髪なんかロン毛で茶髪だったし、学校帰りなのに耳にピアスなんかつけてやがった。
見るからに遊び人みたいな男だったから、正直言って俺はショックを受けた。なんだか綾子がけがされたような気がして、とても嫌だったんだ。
そいつは、ムカつく事に、日曜日毎に綾子を誘いに来るようになった。何時もジーパンにTシャツ姿なのに、そいつが来ると綾子はお洒落をして玄関から出て来る。
二人が肩を並べて楽しそうに出かけて行く姿を、俺は部屋の窓から何度も目撃した。
たまにそいつは、学校が終わった後も家の前まで綾子を送って来ていた。自転車で二人のりなんかして、綾子がはしゃぎながら野郎の背中を叩いていたのを見た事がある。
そう言えば一度、クラブの帰りにたまたま綾子と鉢合わせた事があった。
丁度そいつに送って貰った後で、去って行く自転車を彼女は道端でじっと見つめていたんだ。
俺はバットを肩に担ぎ、仏頂面で綾子の方へ近付いた。綾子は俺に気づくと、ちょっときまり悪そうに笑った。
「おっす、いっちゃん。クラブの帰り?」
何時もみたいにサバサバした言い方だったけど、表情はどこかぎこちない。まずい所を見られた、そんな感じだ。
綾子のそんな顔が、俺には余計に不純に思えた。
「誰だ、あいつ?」
俺は、しかめっ面のまま、綾子の方を見ずに尋ねた。
綾子はちょっと間を空け、それから早口でこう言った。
「川辺君って言うの。友達よ」
「ふーん」
さっきより、長く間が空く。
綾子は、川辺の野郎に会うのが忙しくて、だから俺の事なんて構わなくなっちまったんだろう。綾子もそれを悪いと思ってるから、なんだか落ち着かなかったのかもしれない。
「あの人、綾姉の彼氏?」
俺がそう尋ねると、綾子はぎょっとしたように大きな目を見開いた。
「なっ、何言ってるのよ!やだな、大人をからかうもんじゃないわよ」
綾子は、何時もより高いトーンで言って、その場を誤摩化すように笑った。
「それより、最近遊びに来ないわね。練習が忙しいの?」
なんだよ、それ。
綾子の言葉に、かちんとくる。
俺は、綾姉と遊びたかったんだ。だけど綾姉が、俺を遠ざけたんじゃないか。
綾子にした態度なんか忘れて、俺は心の中で激しく詰った。
綾姉なんて、嫌いだ。
本当は、色々相談したいことがあったんだ。
レギュラーから外されそうだとか、今友達を怒らせて大変なんだとか、担任のくそじじいが俺を目の敵にしてやがる事とか、色々話したかった。
でも綾姉は、俺なんかといるよりも、あの野郎といる方がいいんだろう。
「そんな暇はねぇんだよ。俺、帰る」
ぶっきらぼうに言って、俺はくるりと綾子に背を向けた。
「いっちゃん?」
綾子が呼び止めたけど、無視して走り出す。そのまま、振り向く事も無く家に飛び込んだ。
涙が滲んで来る。悔しい思いで、胸が一杯になった。
俺にとって綾子は、姉ちゃんだった。その大事な姉ちゃんを、あの野郎に取られた気分だった。
冬になっても、綾子は川辺の野郎とつき合っているみたいだった。
俺はなるべく綾子には会わないようにしていたが、あの賑やかな笑い声が聞こえてくると、思わず窓を覗き、綾子の姿を目で探してしまう。
綾子はやっぱり川辺の野郎と一緒で、その度に俺はなんか凄く嫌な気分になっちまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます