第2話

 後で知ったんだが、綾子は中学の頃は、陸上部のスプリンターだったんだとか。

 だから、スポーツマン特有の、清々しい爽やかさがあったんだろう。


 性格もどちらかと言えば、さっぱりとしていた。何時もあっけらかんとしていて、女というより少年に近いような雰囲気。

 綾子が女らしい女だったら、俺もすぐには懐かなかっただろうと思う。


 それからひと月くらい経った頃には、俺は、彼女の家にちょくちょく遊びに行くようになっていた。


 木下のおじさんやおばさんは、俺を凄く可愛がってくれた。綾子は一人娘で、おじさん達は、本当はもう一人下に男の子が欲しかったそうなのだ。


 俺が行く度にケーキとかジュースとか出してくれて、実はそれ目当てで遊びに行っていたところもあった。


 でもまあ、本当のところ綾子は、顔は可愛いけど男みたいで、スポーツや格闘技、それにゲームやアニメの話しにも詳しかった。


 だから俺も、綾子と話すのは楽しかったんだ。


 綾子はよく笑うし、よく喋る、それによく怒った。長男だった俺は、本当の姉が出来たような気分で、綾子に怒られる事さえ嬉しくてしかたなかった。


 時には、プロレス技の掛け合いなんかもした。綾子の身長は、164センチで長身って訳じゃなかったけど、俺は150センチにも満たないチビだったから、プロレスごっこをしても簡単に押さえつけられて、技をかけられるのはもっぱら俺の役目だったけどな。


 綾子は、暇さえあればそうやって俺と遊んでくれたんだ。


 キャッチボールもしてくれたし、対戦格闘ゲームで熱く戦ったりもした。

 俺が野球で中々補欠から上がれなかった時も、頑張れと言って励ましてくれた。

 初めて代打でホームベースに立って、空振り三振で終わった時さえも、よくやったと慰めてくれた。


 多分きっと、母さんや父さんより、妹や弟より、俺にとって綾子は一番の理解者だったろう。


 綾子の方も俺に、色々な話しをしてくれたっけ。


 中学の時、地区大会で三位になった事や、足を痛めて結局陸上が続けられなくなって悔しかった話し、文化祭でお化け屋敷をやって(綾子はのっぺらぼうをしたそうだ)うけた話しとか、徹夜で本を読んだせいで、授業中に熟睡して先生に叱られた話しとか、ともかく何でも面白おかしく聞かせてくれた。


 綾子はお笑い芸人みたいに話しが上手くって、笑う時は遠慮もくそもなく大口を開けて笑う。それから、ばしばしと相手の背中を叩くのが癖だった。


 俺は、綾子を綾姉と呼んで、出会ってしばらくは、殆ど彼女の暇な時間を独占していたといっていい。


 そんな綾子が、御免と言って俺の相手を余りしてくれなくなったのは、出会って一年が過ぎた頃だった。

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