変わり目と雪女 3
宮島という女がいた。
宮島は小さい頃から美人と持て囃されているが、それを鼻に掛けない良い性格をしていた。
しかしどうも運だけは悪く、夜中一人で歩いていると邪悪な男三人組に捕まってしまった。
男は宮島の服を引きちぎり、彼女を裸にした。男三人組は彼女に暴行を与えるために拉致したのだ。彼女は助けを求めるが、男達の笑い声でかき消された。
誰も助けに来ない。
それが分かった瞬間、宮島は首筋に寒気を感じた。
宮島は最初、自らが犯されることに絶望し、それによる冷汗なのだと思っていた。しかし、直ぐにそれが違うことに気付いた。
男達の後ろの車窓に女がいた。
女は暗い紺の着物を着ている。長い白髪で、地面に髪がついていた。そこまで伸び切っていたら、手入れをしていなさそうなのに、髪にはつやがあった。そして、その髪の間から覗く顔はあまりに美しく、襲われているにも関わらず、宮島は髪の長い着物の女に一瞬見惚れた。
女は口から白い息を吐き、それが下に溜まっていった。やがて車にその息が触れると、ミシミシと音を立てて凍っていった。男達は人と勘違いし外に出た。すると男は白い息に触れ、凍った。
宮島は占めたと思い、その場から逃げ出した。足が沈殿した息に触れ、足の裏が凍傷になった。
女は男達が死んだことを確認すると、宮島が駆けていくのを見つめていた。
「……違う」
駆けていく宮島を見つめ、女は呟いた。
「仲間は、どこだ」
○
草高校科学室より。
「千葉県草区って、もはやここじゃね。付近じゃね? え、じゃあこの記事……マジってこと?」
「そもそも、口から冷気を吐く人間なんて、この世にいませんよ……。どうしますかこれ?」
どうしますって……これどうすりゃいいんだよ。
雪女召喚実験が成功したってことなのか……な? じゃああの冬は何なんだよって話になるけれど、雪女現れる時に冬が訪れるって専門書にも書いてあったし……あれは雪女が出てきた時の影響で天気がおかしくなったのかもしれない。
今の状況を鑑みるとそうとしか考えられない。だって雪女が存在するわけないのだから。
問題はこの雪女をどうするかという問題だが……こいつを不始末のままにして置いたら、絶対まずいよなあ、下手すりゃ
しかも死者も出ているのかこれ、うーん……
「戦うしかないか……」
「……っすね」
「3Dプリンターが壊れてるから、あんまりいい武器は作れなさそうだけど、なるだけやってみるよ。君も今日は授業をさぼってくれ」
「まあ、そうなりますよね。家から武器になりそうなもん探してきます」
「わかった。じゃ私は3Dプリンターから精製したものの活動を停止させる装置と寒さに強くなる塗り薬を作っておく」
「じゃあ、物を作る拠点をラボに移そう。ラボなら色々あるし、五限目から科学室使われるかもしんないし」
「わかりました、じゃあ帰ったらその足でラボに行きますね」
○
部長は自分の発明をある筋に売り込んでおり、それで金銭を得ている。最近は僕にも給料といって発明金の一部をくれるのだが、決して少額とは言えない量で、なんなら高校生の僕には大金であった。
しかし彼女はそれが微々たる金だと言わんばかりに、膨大な金を持っている。
その証拠の一つが、地下秘密基地こと、深山景地下室こと、部長ラボである。
場所はリテラシーとプライバシーに付き言えないが、本当にある。
ラボは畳でいうところの三十二畳くらいあった。結構広い。少なくとも科学室よりかは広い。
そこには法に触れる薬品や、試すまでもなく危険な物などがある。
そこには夏ぶっ壊したモデルではないが、旧型3Dプリンターがある。質は悪いが、こちらの方がプリントアウトは速い。
そして僕は、かつて使っていた、金属バッドの柄の部分に釘を刺したバット、つまり釘バットを持参してきた。
「これがあれば戦う分の戦力は作れる。プリントアウトするのには時間が掛かるが、それまでイチャイチャして時間を潰そう」
そこまで言うと、彼女は僕が座っているソファの隣に座り、僕の膝に頭のをせて「ごろにゃあ」とか言い出した。
僕は彼女の顎を撫でた。
すると彼女は満足そうにした。
○
プリントアウトが完了し武器が整い、夜になった。
部長がこの前作り、残ってた耐寒ジェルを体塗りたくり、準備が完了した。
作戦はこうである。
まず異常気温探知レーダーで、雪女がいる場所の目安を付け、僕が釘バッドで雪女にダメージを与え、怯んだ所を掃除機型3Dプリンター生成物緊急停止装置――通称オバキュームで雪女を無力化する。なんで掃除機型なのか聞いたら、今度一緒にゴーストバスターズみよっかと言われた。
無茶な作戦だし、痛い目を見るのはおそらく僕だが、僕は部長を愛しているため、それで了承した。
3
紺色の着物、床に着くほどの白い髪、その間から覗く美しい顔、部長から聞いた特徴と一致する。
間違いない、あれが『雪女』だ。
「雪女がいました」
「わかった、じゃあ頼む。でも、絶対無理するなよ。いくら耐寒ジェルを塗っているとはいえ、人を凍死させるレベルの冷気だからね。恐らく液体窒素レベルだと思った方がいい」
電話越しに部長はそんなことを言った。
部長は雪女を挟んで反対側にいる。ここは一本道の通路で、道幅も狭い。雪女が僕に気を取られているうちに、後ろから装置で無力化させる。
「わかりました。無理はしません。なので、僕が逃げたら部長も逃げてくださいね」
そう言って電話を切り、バッドを握り直し、雪女の前に現れた。わざと街灯の下に出て目立つように立つ。
「よお」
「…………」
雪女は僕を見つけるとゆっくり息を吐きだした。息は地面に沈殿し、沈殿した空気は僕に迫って来る。僕はその空気をかわしていたが、風が吹いて一瞬足を入れてしまった。
「グ――!」
バチンと電流が流れたような痛みが足に走る。急いで足を抜くと既に血色が悪くなっていた。耐寒ジェル込みでこれか……予想以上だ。
しかし、これならまだ我慢できる。めちゃくちゃ痛いが死なない。
作戦は決行する。
「助手! 大丈夫か⁉ おい! 何するんだ前髪長い陰キャ女!」
部長は僕が声を出した瞬間、そう言って激高した。そのせいで、雪女が後ろにいた部長に気付いてしまった。
「あ」
「…………」
「部長……」
あほおおおおおおおおおおおお!
な、な、何してんすか⁉ 作戦失敗じゃないですか!
「それより、助手、大丈夫か⁉」
「僕のことは良いから! 早く逃げてください!」
雪女は息をぐうっと吸い出した。まずい、次はあれを全て吐く気なのかもしれない。
今度は凍傷じゃ助からないかもしれない。かといって、これ以上近づいたらさっきの空気の餌食となってしまう――どうにか冷気をかわして攻撃を与えればなんとか部長は逃がせるかもしれない。
冷気をかわしつつ、息を吸い終える前に雪女に一撃を食らわせる方法はあるだろうか。
――ないな、気合でやるしかない。
「ぅぅぅうううおおおおらあああああッ!」
凍傷上等、凍死上等。
僕は部長を愛している。彼女が生きるためなら、この体、地獄の冷気にくれてやってもいい。
僕は冷気が足に当たり、凍傷になるのを無視して、足の感覚がなくなったのも無視して、全力で雪女に近づいた。
「――ッ!」
「吹きとべごらあああああああああ」
雪女の頭に釘バッドがクリーンヒットする。流石妖怪、と言ったところか、一滴も血が出ない。でもまあ、血の出ない方が痛いと言うし――とにかく雪女は怯んだ。
「しめたっ!」
そう言った部長は逃げる――と思いきや、雪女に向かっていった。そして雪女に向けて装置を起動させた。掃除機のような音がして、吸い込む代わりにライトが点けられた。
暗闇を切り裂くような強い光は、雪女を完全に包む。
「よぉおし!」
これで雪女は無力化するはずだ。
よっしゃなんとかなッ――
「…………仲間は、仲間は」
てない!
雪女から声がする。まだ意識があるのだ。彼女はゆらりと立ち上がったのだ!
まるで亡霊のように、柳のように、朝目覚めるかのように!
「な……んで?」
「部長! 早く逃げて!」
「仲間は、どこだ……!」
部長も接近しており、ここで息を吐かれたらまずいと条件反射で判断した僕は、部長を担いで逃げ出した。
走って、走って、走りまくって、そして近くの公園に辿り着いた。
公園の大きな木の陰に隠れ、僕は倒れた。
足が、足が限界なのだ。
「――ッ!」
部長は僕の足を見ると絶句した。そんなに酷い有様なのだろうか? 倒れているのでわからない。
「大丈夫だ、凍傷を治す薬を持ってきてある」
「……部長、無事ですか」
「私は大丈夫、君のお陰、今は自分のことを心配して」
そう言って彼女はリュックサックから取り出した凍傷を治す薬をべたべたと僕の足に塗った。するとまるで寒い日に温泉に入った時のように僕の足は感覚を取り戻していった。しかし、まだ足は動かない。
「応急処置だから、一時間は動かないからね」
すると部長は神妙な顔をした。泣き出しそうにも見える。
「ごめん、助手。私の研究のせいで」
「いいですよ別に、今までに比べたらまだ楽です。それより、どうやってあいつを仕留めるか考えましょう」
「……それなんだけど」
「はい?」
「さっき担がれてる時に思いついたんだ」
「倒す方法がですか?」
「いや、あの雪女の正体だよ」
「……はい?」
「これはあくまで可能性だけど、あの装置が効かないってことは当たってる可能性が大きいと思う」
「あの装置……って、3Dプリンターから作った生成物の活動を強制停止させるあれですよね?」
「ああ、そうだよ」
「…………?」
「事態は私たちが思っているよりも壮大かもしれない」
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