変わり目と雪女 編

変わり目と雪女 プロローグ

 七月、草高校の外よりはマシなくらいのかなり暑い科学室より。


「ぶちょ~頼まれたもの買ってきましたよ~」


 ガチャリと部屋のドアが開き、へろへろになった私の助手こと科学部部員の後輩、阿崎亜太郎が買い物から帰って来た。


 彼は背負っていたリュックの中から、雪女・・に関する資料をどさどさどさと出して広げた。雑誌のように薄い本もあれば、中には辞書のようなページ数の物もあり、十分も持っていれば手が吊ってしまいそうであった。


「二十冊か……確かにあるだけ買ってきてくれとは言ったけど、流石に重かっただろう?」

「ええ、まあ、でもそれだけあったんで、全部買ってきましたよ」


 それによくこんな分厚い本を見つけてきてくれたものだ。


 私は近くの古本屋にあるだけでいいと言ったのに、結構探してくれたのではないだろうか。


 ふむ、流石にこれはお礼を言わなければならないな。


「馬鹿だな、こんなには要らないよ。AIに学習させる時間だってかなり必要になるし、そもそも、小説だけでも十分学習は出来ているし、というか、3Dプリントが上手くいくなんて保証もないんだぞ?」


 あああああああああぁぁぁぁ!


 また嫌味な言い方になってしまったぁぁぁぁぁあ!


 なんで! なんで⁉ こうも私は口が悪いんだああああああ!


「あのね、部長が買ってこいって言ったんじゃないですか。何言ってるんですか? ええ?」

「……ごめん」


「……いや、別にそんな謝罪を求めてたわけでもなくて、うーん、まあ、いいや」

「…………?」


 これで何度目になるだろう。またお礼を言い損ねてしまった。


 過去に入った部員たちは、私のこういうところが嫌で、部活を辞めたのだろう。


「そんなことより部長、早く始めましょうよ」

「あ、ああうん。読み取りまで全部で二時間くらいかかるから、お茶でもして待とうか」


 私は彼から貰った本をびりびりとページごとに破き、プリンターを改造して作ったAI学習装置に流し込んだ。ページ数があまりにも多いので、これは二時間くらいかかる。


 私たちは小説『雪女』の中から雪女を現実世界に出そうとしている。


 そう、あの雪女だ。白く長い髪を持ち、着物を来ており、美人で温度の低いを吐く、空想上の雪女のことだ。


 二次元の人物を三次元の世界に出す実験をしているのだ。


 原理は簡単だ。


『雪女』をAIに学習させ、それを3Dプリンターで作り上げるのだ。そうすることで、疑似的に二次元のキャラクターを三次元に生き物として持ってくることが出来る。


 何を馬鹿なことを言ってんだと思うかもしれない。


 しかし不可能を可能に仕立て上げるのがこの私だし、勝算は十分にある。


 近年のAI学習機能については目を見張るものがあるし、私が作った3Dプリンターは既に生き物(ハムスター)の生成に成功している。


 詳しい説明は省くが、とにかくそういうことが出来るのだ。だから勝算はある。


「部長、二次元のキャラクターを三次元に出す実験ってのは何となくロマンを感じていいとは思うんですが、なんでよりにもよって雪女なんですか?」

「雪女は妖怪だからだよ」


「妖怪だから?」

「アニメとか漫画とかのキャラクターはその中だけで情報が完結しているだろう? だから情報源が一つしかなくて上手くAIで学習させることが難しいんだ。


 絵を製作するとかだったら、むしろその方がいいかもしれないけどね、生き物として三次元に召喚しようってなると話は別だ。簡単な情報だけでは現代に適応しないんだ。


 だって雪女は現代に存在しないんだもの。ハムスターみたいに存在するものなら、現代に順応できるように出すことは出来るよ? だってハムスターはこの世にいるんだもん。


 でも、ルフィや悟空はこの世にはいないだろう? だから現代に順応できないと3Dプリンターが結論を出して現代に生成できないんだ」

「じゃあなんで雪女が生成できるんですか」


「妖怪だからだよ。人が語り継いできた妖怪だからこそ、あたかも現代で生きているかのような尾ひれがついている。挙句の果てにはそれっぽい設定集みたいな小説も出てる。君に買ってきてもらったのはそういう雪女の尾ひれが書いてある本なんだ」

「なるほど、つまり、雪女があたかもこの世にいたみたいな設定が筋が通るように書かれている設定が欲しかったってわけですか」


「そういうこと、まあ設定って言っている時点でフィクションであることに変わりはないんだけどね。AIの認識を上手く付けるかが雪女を作り出せる境目ってとこだね」

「なかなか面白いこと考えますよね、部長って」

「ふふん、まあね」


 と恰好付けて返してみたはいいものの、こんな荒唐無稽なことを面白いことと言ってくれる純粋な亜太郎君に私はきゅんときていた。


「夏は暑いしね、雪女で節約しながら涼むのもいいだろう」

「確かに、科学室が涼しくなったら大分過ごしやすくなりますよ」


 私の冗談を真に受けているところがまた可愛い。


 そういえば、彼の部屋はクーラーの効きが悪いと言っていたし、これを誕生日プレゼントにするのもいいんじゃないだろうか?


「そうだ、買っておいたアイスがあるんだよ」


 さっきお礼が言えなかった分を自分で帳消しにするように、冷蔵庫から取り出した棒アイスを彼に渡した。


「いやー、にしても暑いですね」

「そだねえ」


 私たちはアイスをペロペロと舐めながら口数少なくそんなことを話していた。


 ○


 結局実験は失敗した。


 校庭で雪女をプリントアウトしようとしたら、3Dプリンターがぶっ壊れ、草高校の気温が三十度下がり、雪が降った。


 あたり一帯に冬が訪れたのだ。


 最初は雪女の仕業だ! と期待していたのだが、実際はそんなことはなく、ただ寒くなってしまっただけだったようだ。


 原因としては、雪女に関連することとして、雪があげられるのだが、雪女の資料の中に雪の概念があまりにも書かれ過ぎていて、雪女よりも雪がAIに出力され、雪がプリントアウトされたのだ。


 この異常事態に学校は休校となった。私と亜太郎君は罪悪感に苛まれ、この一週間で温泉旅行へ行った。


 反省の意味を込めて、心も体も洗い流し、生まれ変わるために温泉旅行へ行ったのだ。


 嘘である。


 自分のしたことに見向きもせず、これ見よがしに気になる後輩を温泉に誘っただけである。



 しかし因果は収束するもので、三か月後、またしても季節外れの雪が降り、この一週間の雪をなんとかしなかった分がツケとして帰って来たのだった。

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