第5-4プラン:頭脳戦! 切れ者の先輩VSしたたかな後輩

 

 一方、フォレス先輩は依然として冷静さを保ったまま、今度は彼の方から話を切り出してくる。


「ところでなんだけど、セレーナの店の株を僕にも売ってくれるんだろう?」


「あ、はいっ! もちろんですっ! それもお願いしようと思ってました。何株買ってもらえますか? 思い切って10株くらい買ってくれちゃったりします?」


「そうだねぇ、300株買おうかな」


「…………。えっ? さ、300株ぅっ!?」


 私は一瞬だけど思考が停止したあと、驚きすぎて頓狂とんきょうな声を上げてしまった。私の耳がおかしくなったか、あるいは聞き間違いじゃないかとさえ思った。冗談で言っているのかとも考えた。


 でもフォレス先輩を見てみると、顔は至って真面目。どうやら本気らしい。さすがにこれは私の想定外だ。今回の計画で初めての大誤算と言えるかもしれない。



 ……っ! ヤバイ、嫌な予感がする。もしかしたらフォレス先輩は私の『あの計画』に感付いているのかも!?



 いや、そうに違いないッ! だってフォレス先輩なら充分あり得る!! それを察して私はで震えてしまう。


 そんな私の動揺を尻目にフォレス先輩は淡々と話を続ける。


「現在の発行済み株数が60弱だって話だよね? つまり株主総会での過半数を取るためにセレーナは60から70は買うはずだ。これで株の総数は合計で120くらいかな。だから僕は300買うんだよ。それだけ圧倒的に株を持っていれば、仮にセレーナが暴走したり良からぬことを企んだりしても僕が歯止めをかけることが出来る」


「ハ……ハハハ……ワタシガ……ソ、ソンナコト……スルワケ……ナイジャナイデスカ……」


 声が勝手に片言になってしまった。目が渦を巻き、冷や汗もドッと吹き出しっぱなしで止まらない。この状態ではもう誤魔化すことも言い逃れをすることも不可能。最悪なことに嫌な予感は当たってしまった。


 やっぱりフォレス先輩は私ごときの思惑くらいお見通しだったみたいだ。でもなんでちょっと話を聞いただけで、そこまで分かったのだろうか。想像以上に末恐ろしい人だよ……。


 私が畏怖の念で震えていると、フォレス先輩は鋭い目つきになって言い放つ。


「300だ! 異論は認めない! セレーナ自身がこれから株を買うつもりだったから、発行株数に上限を設けておかなかったのが仇になったね。もちろん、今後は勝手に新株が発行できないように定款に定めてもらうよ」


「う、うぅ……前言を撤回。フォレス先輩なんか大嫌いだ……」


 私が泣き言を漏らすと、フォレス先輩の表情が緩んで小さく息を漏らす。


「セレーナ、僕がそれだけ株を買うということは、キミを信用しているということでもあるんだからね」


「そ、それは嬉しいですけどぉ……。経営の主導権がぁ……」


「さて、これで話は終わりだよね。株の証書や荷物の取引に関する契約書のほか、現時点で可能な事務手続きを済ませてしまおうか」


「――あっ、もうひとつお願いがあるんです。実は私の持っている写真にフォレス先輩のサインが欲しいんです。フォレス先輩のファンだという友達にあげたいので」


 フォレス先輩が話を切り上げそうになったので、私は慌ててそれを制止した。


 サインが欲しいなんて今までの話と何も関係がなさそうに思えることだけど、実はそうじゃない。というのも、売り子をお願いしようとしている女子がフォレス先輩の大ファンで、そのサイン入り写真をエサに釣ろうと考えているのだ。


 その子は私の親友のソフィア。王立施療院に通う学生の中では間違いなく一番の美人で、町全体としてもルティス先輩に負けず劣らずのレベルだと思う。


 バイト代も悪くない金額を出すつもりでいるし、彼女のフォレス先輩に対する熱狂振りを見る限り確実に話に乗ってくる。


 彼女が売り子になってくれれば鬼に金棒。もはや万全の販売体制となる。


 ちなみに彼女の話だと、この町にはフォレス先輩の隠れファンクラブがあるとのこと。フォレス先輩の性格やルックス、身分、資産なんかを考えれば納得だけど。


「写真に僕のサインを書けばいいんだね? まぁ、それくらいならいいよ。持ってきているなら今すぐにそれを出して」


「ありがとうございまーすっ!」


 私はカバンの中からその写真を取り出し、フォレス先輩に手渡した。


 するとそれを見た瞬間、いつもはあれだけ冷静沈着な彼が瞳を激しく動かして狼狽える。顔色は真っ青だ。しかも写真を持つその手はプルプルと小刻みに震えている。


「なななななっ!?」


「どうしたんですか、フォレス先輩? 珍しくそんなに焦っちゃって」


「だ、だってこの写真っ! 僕の水着姿の写真じゃないかっ!」


「はい、そうですけど何か? 王立学校時代の水泳の授業中に撮られたものみたいですね」


「い、いつの間に……っ……」


 フォレス先輩は呆然としながら頭を抱える。その姿を見て私はほくそ笑みつつ淡々と説明をする。


「当時、写真部の友達から『買わないか?』と話を持ちかけられまして。ただ、ごく一部の親しい友達に売っただけらしいので流出は限定的のはずです。安心してください」


「っていうかっ、セレーナはなんでこんな物を買ったのっ!?」


「いやぁ、いつか何かの機会にできそうな気がしたので。同じ写真を10枚くらい買いました」


 本当は個人的に欲しい気持ちもあったからなんだけど、それは秘密にしておくことにした。照れくさいから。それに極度に冷静さを失っている今のフォレス先輩なら、その本心を推察されることもなく誤魔化せそうだし。


「じゅっ、10枚っ!? ……っ……本格的に頭が痛くなってきた……」


「あ、ほかにも色々な写真を持ってますよ。いつかご披露できる日が来るといいですね。さ、早くその写真にサインをください」


「っ!? ほかにもあるのっ? うぅ……セ、セレーナなんか大嫌いだ……」


「キシシシッ♪」


 私は絶望するフォレス先輩を優越感に浸りながら眺め、心の中で舌を出した。株に関しては完全にしてやられたけど、今回は私の勝ちみたいだ。


 やっぱりやられっぱなしは悔しいから、せめて一矢報いないとねっ♪



(つづく……)

 

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