第1-4プラン:元凶は不当廉売

 

 でもそれと同時に、私の頭の中で何かのスイッチが入りつつあるような気もしている。


 今までに蓄積された知識と経験、得られた情報の分析、それらから推測される物事。様々な要素が走馬燈のように脳の中を駆け巡り、意識が次第にクリアになっていく。そして明鏡止水の如き静けさと猛る炎のような熱さが心で同居する。


 そんな不思議な感覚を胸に抱きつつ、私はあらためてサラに問いかける。


「ねぇ、サラ。ちなみになんだけど総合商店の青果の価格ってどう思う? 品質と価格のバランスは取れてる?」


「明らかにおかしいですっ! 安すぎますよ! 農家が農地の横にある直売所で販売するのと変わらないような価格です。あれで利益が出ているなんて、どうやって仕入れているのか。畑から泥棒しているんじゃないかって疑いたくなります」


「確かに盗品の可能性も否定は出来ないけど、だとしたらあんなに堂々と売るとは考えにくいと思うな。すぐに足が付きそうだもの」


「ですよね……。私も盗品だとは思えないので『疑いたくなる』って表現をしたんです。だって畑から盗んだにしては、野菜も果物も丁寧に収穫されているなと感じたので。犯人の心理としては、犯行に気付かれないように短時間で収穫したくなるでしょうから。そうなるともっと扱いが雑になって、品物の表面に傷が付くと思うんです」


 熱く語るサラを見て、私は感心しつつ頬が緩んだ。青果を愛し、ずっと真摯に向き合ってきたプロだからこその鋭い指摘だと感じたから。その説明に納得しかない。


 もちろん、ご両親にはまだまだ及ばないだろうけど、そう遠くない将来に追いつけそうな気がする。


「だとすると、やっぱり『不当廉売ふとうれんばい』かな……」


「不当廉売? セレーナさん、それって何ですか?」


「不当に安い価格で商品を売る――つまり仕入れ価格や輸送費など、掛かったトータルコストよりも安い価格でモノを売るってこと。赤字になるのは承知の上。あの総合商店はそもそも利益を出そうなんて考えてないの」


「えっ!? で、でもっ、趣味でやっているならまだしも商売としては成り立ちませんよね? そんなことをしていたらお店が潰れてしまうんじゃ……」


「確かにずっとそれを続けていたらね。でもその売り方をしていれば、そのうち周囲の小規模店は否応なく廃業するでしょ? そのあとで価格を適正に上げて――ううん、適正より多少は高くても売れるようになる。だってほかにお店がないんだから当然だよね」


「……っ……」


「そうやってお客さんを独占してから、今までに損した分を回収する。ま、このやり方は常に通用するってわけじゃないけどね。いずれにしても『損して得取れ』の極みってこと」


「そんな……ひどい……あんまりです……」


 サラは呆然としながらガクッと肩を落とした。瞳は輝きを失い、顔色は真っ青になっている。驚きとショックでかなり混乱しているのかも。


 でもそれも無理はない。真っ当な商人なら頭の隅にもないはずの商売方法だから。身勝手なやり方だから。クズな人間の発想だから。


 一方で彼女がショックを受けているということは、今まで清廉潔白な売り方をしてきたという証拠でもあるわけで、それに関しては私は嬉しく思う。


 間近で様々な汚い商売を見せられてきた私なんかとは違う。私も純真無垢な子どもの頃は同じような反応をしていたのかもしれないけど、もはや遠い過去の話でそうした記憶はすでにない。


 きっと私は闇を見せられ続けたことによって心がけがれ、感覚がマヒしてしまっているんだ……。


 そんなことを思いながら私は心の中で自嘲しつつ、話を続ける。


「だから総合商店は当面の間、不当廉売を続けるでしょうね。そのための充分な資金だって用意しているはず。残念だけど、このイリシオン王国ではそのやり方が禁止されていないからね」


「それじゃ、商店街は……」


「小売業の店舗はほぼ壊滅すると思う。ううん、そうなるまで総合商店は徹底的に商店街を潰しに来る。そして商店街が寂れたら人の流れが変わって、きっとこの地域の店舗は飲食業やサービス業であっても売上が激減する」


「あ……ぅ……うぅ……っ……」


 程なくサラの目から大粒の涙が止め処なく零れ落ちた。俯いたまま奥歯を噛み締め、体を震わせながら必死に感情を堪えようとしているけどそれはままならない。小さな体がいつも以上に小さく見える。


 それを認識した瞬間、私の心臓は痛いくらいに大きく脈動する。


 私の頭の中でフラッシュバックする『嫌な記憶』。父の血も涙もない商売のやり方によって、虐げられた人たちの苦痛と嘆き。決して忘れてはいけない業。似たような光景を私は何度も見てきた。


 その姿が今のサラに重なり、憎むべき父と同じようなことをしている総合商店に対して怒りの炎が吹き上がったのかもしれない。




 ――絶対に許せない!


 お客さんや従業員、取引先、そして社会全体に幸せを還元するのが本当の商人の姿なのに。自分のお金儲けのことしか考えていない商人なんて最低……っ!


「くっ!!」


 私は怒りに任せ、思わず拳をテーブルに叩き付けていた。


 ブース内に響き渡る激しい打撃音と震動。それに驚いたサラは涙をピタリと止め、顔を上げて当惑した表情で私を見つめている。



(つづく……)

 

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