【第38話】貴方を守る
人は、いや、人外もだ。彼らのような理性をもちあわせた種は時に身勝手で、傲慢で、美しいとは思えない。しかし、そこが、完璧では無いからこそ、美しくも感じる。
この世には完璧な存在なんて居ない。皆歪で、形が様々。だからこそ愛おしい。
特に人は、短命な種。短命でありながら、それに絶望せず、一生懸命に生きる。彼らの心は短命だからこそ、移ろい易い。でも、それでも、彼らは私のような人外よりも輝いて見えた。一瞬の太陽のような輝き。眩いほどの煌めき。
嗚呼、愛おしい。
私は人間が好きなのです。だから、
あなたにはあの方がいる。何があっても怖くない。だから、だから、あなたの大切なものを、守るべきものを、探して、見つけて欲しい。
もうこの声は届かないのだけど、あなたなら、分かってくれる。だって、あなたは――
***
「んあ……」
志乃はベッドから盛大に転げ落ちた状態で目覚めた。
今日は1週間ぶりに皇鬼に会える日である。楽しみで楽しみで仕方がない。
「何か、何か夢を見た気がするけど……うーん、思い出せないや」
皇鬼のことを思い出してからというもの、志乃は夢を見なくなった。
せっせと着替えて、いつもは全くしないメイクをする。
今日は花柄のブラウスにスカートの姿である。
最近は母美麗、父優華は仕事で家に帰ってきていない。だから、言うべき事も言えないままであった。まあ、それは置いといて。
玄関のインターホンがなる。志乃は急いで1階に駆け下りた。
「おはよう、志乃。約束通り、朝ごはん食べに来たよ。楽しみだな君の手料理」
皇鬼は柔らかな笑顔を見せて、志乃に抱きつく。実は堀内貴臣から皇鬼のプライベートな連絡先を貰っていたのだ。しかし、皇鬼は多忙。予定が合わず、朝の時間しか取れなかったのだ。そこで、志乃は皇鬼に手料理を振る舞う約束をした。という話だ。
いつも黒い服しか着ない皇鬼は珍しく、暗い色のグレーのスーツ姿だった。ネクタイはそこまで主張の激しくない紫。完全に志乃のことを意識している。
「ふふ、腕によりを掛けて作ります! 今日のメニューは味噌汁とご飯、ほうれん草のおひたしに、焼き鮭です。綾斗さんがいつも食べているような豪勢なものでは無いんですけど……」
「いや、君が作ったものがいいんだ。長い間、志乃がいなかった間、何を食べても味がしなかった。だけど、志乃と食べたアイスはとても甘くておいしかった。君がいないと俺は食事もままならないみたいだ」
すこし自分の事を貶すように語る皇鬼。
「綾斗さん……もう、私がいないとダメですね! これからは一緒に食べましょうね」
志乃は驚いたような悲しいような顔をしたが、すぐに笑顔になった。
「志乃……うん、そうだね。これからはずっと一緒だからね! うん、そうだね!」
皇鬼は志乃にやさしく抱きついた。志乃も抱きつき返す。
もう、玄関は幸せな甘々な雰囲気が漂っていた。
「志乃、朝ごはんお前が作るんじゃ……って何してんだ」
そのとき紅賀がリビングからやってきたのだ。志乃は慌てて皇鬼から飛びのく。顔はもちろん耳まで真っ赤だ。しかし、皇鬼がそう簡単に離してくれるわけがなく、飛びのいた志乃を再び腕の中に閉じ込めた。
「す、皇鬼さま……」
「こら、昔の呼び方になってるよ。名前で呼ぶんでしょ?」
「……お腹すいたからさ、早く作ってくれよ」
紅賀はその光景を見て、半分諦めたようにそして、見なかったかのようにリビングへと去っていった。
「す、あ、綾斗さん! ごはん、ご飯食べましょっ!」
「ふは、焦りすぎだよ。そんなに恥ずかしかった?」
「……っう、家族にみられるのは恥ずかしいものなんですっ!」
「可愛いなぁ」
志乃は少し怒りながらも、しっかりと皇鬼の手を引いてリビングへと向かう。皇鬼には握った志乃の手が、後姿が、とても愛おしく感じた。
***
貴方がいるから、私は私でいられる。貴方という存在が私のすべてを肯定してくれる。いかなる私でも、どんな姿でも、たとえ穢れきった私だったとしても、全世界の人が私を否定しようとも、貴方だけは私を肯定してくれる。受け入れてくれる。
だから私は生きて行ける。貴方のいる世界、貴方を生み出したこの世界を愛していける。
私は貴方に関わる全ての人が敵になってしまっても、私だけは絶対に貴方の傍にいる。貴方が私を愛してくれたように。千年以上も傍にいてくれたように。いつまでも貴方の傍にいる。寄り添っていく。
これは千年桜との約束でもあり、私たちの約束でもあるから。千年、万年と私たちの気持ちは変わらない。続いていく。この約束は私1人でも、貴方1人でも、やり遂げることはできない。私たち2人が揃うからこそ、一緒にいるからこそ、守り抜くことができる。
これからは私が貴方を守る。貴方が守ってくれたように。貴方といるからどんな困難も乗り越えられる。
愛しています、皇鬼様。これからもずっと――
【第1部】約束の桜 ――完――
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