【第37話】広まる噂

「あんなに喋る方だっけ……?」

「日南ちゃん、びっくりしてる? 綾斗さんはね、人に感情をあんまり見せない方だけど、本当はすごくおしゃべりなんだ」

「綾斗……ああ、なるほど。志乃が言ってた"あの人"は皇鬼綾斗なんだね……はぁー、なんか、肩の重荷が降りたというかなんと言うか……」

「日南ちゃん……?」

「私の分まで幸せになってよぉ、志乃は!」

「いやいや、日南ちゃんも私と一緒くらい幸せになるんだよ?」

「……そうなるといいんだけど」


 今日の日南は、何か様子がおかしかった。志乃にはそんな気がした。そんなことを思っていると、黄色い歓声が校舎から聞こえてきた。皇鬼が校舎の方をまじまじと見ていたのだ。


「どうしたの、皇鬼?」

「いや、俺が作った時より立派になってるなと思ってな」

「ああ、そういえば、創立したの皇鬼だったねぇ」

「……いいことを思いついた」

「はぁ? また変なことしないでよ?」


 皇鬼はニヤニヤと悪い笑みを浮かべて、校舎を見ていた。伊万里は半分呆れ顔だ。


「あ、学校戻らないと!」


 突然、萌黄が思い出したかのように声に出す。しかし、やっちまったという顔で口を押えた。その様子を見て皇鬼も納得した顔で答える。


「そうだな、学生は勉強が本分だ。志乃のことよろしく頼む」

「い、いえ! むしろ、みんな志乃ちゃんの優しさに救われたというか、なんというか……と、とにかく志乃ちゃんのことは任せて下さい!」

「そうですわ! 皇鬼様! 私達志乃の大親友ですもの。そんなこと言われなくても、よろしくしますわ」

「志乃ちゃんは私達の大切な人なんです! もちろん、志乃ちゃんのことはお任せ下さい!」


 口々に志乃を賞賛する萌黄達。皇鬼は微笑ましく感じた。ただ、日南だけは違った。


「あなたも、志乃のこと幸せにしてよね。出来なかったら許さないよ」

「っ! 日南ちゃん!」


 止めようとする茉莉を振り払って、皇鬼を睨む。でもその目は憎悪に満ちたような目ではなく、切望にも似たような覚悟の眼差しだった。志乃には日南が何を覚悟しているのかが分からなかった。皇鬼はふと薄い笑みを浮かべると、こう言った。


「当たり前だろ。そのために俺たちは再び出会ったんだから」


 その言葉に日南は納得したようだった。

 ぞろぞろと校舎に入っていく。志乃はちらりと皇鬼のことを見た。それに気づいた皇鬼が優しい笑みで手を振ってくれる。


(何故だろう。こんなに近くにいるのに、貴方の傍にはずっと居られない。もどかしいなぁ。でも、それでも、ずっと傍に居られなくとも、私のことをいつも思ってくれる貴方がいる。嗚呼、なんて幸せなんだろう)


 志乃はそんなことを思いながら、校舎に入っていった。




 


***

「生の皇鬼様だよ! やばかったよねぇ! 美しすぎ」

「ほんとほんと! 美しすぎて鼻血出して倒れるかと思ったよ!」

「でもあんた、ここで倒れたら一生後悔するって言って踏ん張ってたよねーその姿がめっちゃウケたわ」


 教室に帰って来ると、みんな口々に皇鬼の話をしていた。


「でも、良かったねぇ、アリスちゃん、皇鬼様が会いに来たんだって、きっと!」


 誰かがそんなことを言った。日南は志乃のことを見たが、志乃はなんとも思っていないようだった。いや、なんとも思っていない訳では無い。その目は水無瀬アリスを見据えていた。日南には志乃が何を考えているのか分からなかった。



「やっぱり皇鬼様、私のところに来てくださったんだわ! 私に笑いかけて下さったんですもの! きっとそうだわ!」


 アリスはと言うと、顔を赤らめて、でも、少し焦った様子でそんなことを言っていた。

 

(アリスちゃん……それはぁ、一方的な恋愛感情だと思うんだけど……)


 かく言う志乃はそんなやばいことを考えているわけではなかった。ただ見てただけである。でも、にこと笑った。


「まぁ、私のモノなので」


 日南はそれを聞いていたのか、ギョッとした顔で志乃を見る。


「まさかの、ヤンデレ属性……」

「ん? 日南ちゃん?」

「あ、いや、うん、なんでもないわ……」


 日南が志乃の元を離れると、ここだと言わんばかりにクラスメイト達が集まってきた。


「朧月さん、皇鬼様になんて言われてたの!?」

「俺も気になるぅ」

「こそっと、こそっと教えてー」

「ええ……」


 志乃が焦っていると、すかさず萌黄が割って入った。


「皇鬼様に口止めされているので、お話しできません! みんなも考えたら分かるでしょうが」


 萌黄のその言葉に集まってきていたクラスメイト達はしょぼしょぼと帰っていった。その時は良かったのだ。でも、やはり、噂は広まるもので。


「1年B組の朧月さん、だっけ。皇鬼様のお気に入りらしいよ」

「えーなにそれ。お気に入りって……水無瀬さんって子が朧姫なんでしょ? なんでそんな子の事がお気に入りなのよ」


 火のない所に煙は立たぬ、とはよく言ったものだ。志乃という火種があるから煙という噂が広がるのだ。当の志乃はというと、ものすごく居心地が悪い気分だった。あの鈍感な志乃が気付くのだ。学校中に噂は広がっていた。

 何故、学校の人、いや、会場にいなかった人たちが志乃の事を知らないのか。理由は誰にもわからないが、志乃が会場に飛び込んだ時にジャミングのような働きを持つ結界が作動し、中継やネットが繋がらない状態になったのだ。カメラ機能も使えなかったそうな。

 


 

 あの、桜が開花した日から1週間が経つ。その期間、志乃は皇鬼に全く会えていなかった。結局、桜が咲いた理由も分からない。

 皇鬼と志乃が巡り会ったあの瞬間は箝口令がひかれていた。だからこそ、様々な論争が飛び交うのだ。知らないから、知りたいから。


 噂は瞬く間に広がった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る